限りなく透明なグレー

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「私の下着の色、シロかクロどっちか当ててみて。もし当たったら、お持ち帰りさしてあげる」 行きつけのバーで久しぶりに深酒をしたのは、彼女との会話が思いがけず弾んで、とても居心地がよかったからだった。初対面にも関わらず初めて会ったとは思えないくらいフィーリングが合う気がした。外見も好みのタイプ、歳もほとんど同世代に見えた。時刻は既に深夜0時を回っており、バーのお客は彼女と俺の二人だけ。 突然のハレンチトークに意表を付かれた俺が、欲望の赴くままにその"賭け"に乗ってしまったのにはそれなりの理由があった。 ちょうどその頃、結婚十年目の妻とはマンネリ化のピークが高止まりし、もう取り返しのつかない程愛が冷め切って久しい。性格の不一致が事あるごとに歪みを生み、子育ての方針も食い違ったりして、二人を隔てる溝は底が見えない程の暗黒状態だった。妻は折に触れては離婚を迫ってくるような状況。幼い子供のためにと、どうにか離婚だけは避けようとここまでやってきてはいたが、言いたい言葉を飲み込む度に、妻に対する不満はドス黒く沈澱していく。 そんな状態だったから、気の合う彼女からストレートなアプローチを受けたら、無下に断る理由などなかった。 「クロ…かな」 俺は自信なさげに答えてみる。 「御名答っ!マスター、精算お願いしま〜す。お代は彼の奢りで!ね、いいでしょ?」 正解したことにそこはかとなく運命を感じてしまう。奢りっていうのは少し唐突だったが、そのくらい別によかった。精算を済ませバーを出ると、そのまま二人で近くにあるラブホ街へと歩みを進めた。 そして適当なラブホを選んで部屋に入ると、惜しげもなく服を脱ぎ出した彼女は、あっという間に下着姿になった。   「クロじゃなくてグレーだったんだ……」 「元々シロかクロかなんてどっちでもよかったの。一目見た時からその雰囲気に惹かれた。ただきみと抱き合えるきっかけが欲しかっただけよ」 その言葉に火がついた俺はベッドに彼女を押し倒すと、そのまま快楽に溺れ、彼女の中に全てを放つまでにそれほど時間はかからなかった。   愛に飢えた二人がラブホから出た頃には、時刻は深夜ニ時を回っていた。彼女は「私、この近くだから……またバーでね」そう言って俺の頬にキスをすると、呼び止める間もなく足早に離れて行ってしまう。連絡先どころか名前さえも知らないままだったが、俺はこの時、心が振り切れてしまっていてそれどころではなかった。去って行く彼女を見送ると、そのまま帰路についたのだった。   ※   そして翌日。その日は休日だったので、午前中いっぱいまで熟睡してから起床し、リビングに顔を出した。するとダイニングテーブルには妻がいて、いつになく神妙な表情で封筒のようなものを手に持っている。 「あなた…シロかクロ、どっち?」 「ん?それっておまえの下着の色のこと?」 「んなわけないでしょ!アンタが浮気をしたかどうかってことよ!」そうやって怒鳴ると、封筒に入っていた何枚かの写真をテーブルにばら撒いたのだ。そこにはラブホから出てくる男女二人が写っている。その男女は紛れもなくだった。バーで出会った彼女と腕を組んで歩く俺の姿がはっきりと写ってしまっている。   「断じてシロとは言わせないわよ。"サレ妻"になった今、離婚以外に選択肢はないわ」 「ク…クロ、です…」 俺は力無くそう認めざるを得なかった。 昨夜、彼女の下着の色を当てたはずのクロ……(実際にはグレーだったが)、まさか俺自身がクロになるなんて……。もう何の言い訳もできまい。妻は浮気調査の探偵を雇っていたのだ。ここまで裏取りをされてしまうと、慰謝料つきで離婚するしかなかった。 ※   離婚してからも俺は行きつけのバーに通い続けている。いつかもう一度彼女に会えることを夢見て。そしてもしまた同じ問いかけを彼女から受けたなら、こう答えようと思っている。 「限りなく透明なグレー…かな」 きっと浮気を側のバツイチには、お似合いの色だろう。シロクロはっきりさせずに、あいまいなままの方が良いことも世の中にはたくさんあるのだから。 【完】
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