絵麻【1】

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絵麻【1】

 絵麻(えま)は、もう5日ほど夫に会っていなかった。  珍しいことではない。1ヶ月に10回も会えばいい方だろう。同じベッドで眠った記憶すらない夫だ。新婚初夜ですらベッドは別々だったし、朝になる頃には部屋にすらいなかった。 「おはようございます」  使用人の影谷(かげたに)が、湯気のたったカップをトレーに乗せて入室した。 「本日は晴れておりますが、午後から雨でございます。散歩をなさるなら午前の早い時間がよろしいかと思います。ご朝食はどちらでなさいますか?」  絵麻は、ベッドのサイドテーブルに乗せられたカップを手に取る。朝はいつも紅茶だ。料理は料理人が作っているが、紅茶だけは影谷が淹れたものを好んでいた。 「ダイニングでいただきます」  カップをテーブルに戻して言う。 「かしこまりました」  影谷が一礼して退室すると、絵麻はスマホを取り出してメールを確認した。サカ☆カササギからの返信はない。他に何通かのメールを読み、必要な分だけ返信をした。立ち上がってクローゼットへ向かうと、今日の服装を考えた。  予定のない日はごく質素な動きやすい服装を好む。午後に散歩へ行く習慣があるため、朝から身軽な服装でいる方が楽だからだ。影谷に勧められたように、散歩の予定を午前にしようかと考えたが、散歩は止めて、ランチをとりがてら買い物へ行くことにしようと思い立つ。散歩用の軽装ではなく、外出向きのシンプルなワンピースとジャケットを選んだ。  ダイニングに顔を出すと、朝食の用意がされていた。 「本日は、お買い物になさいますか」  絵麻が選んだ服装を見て、影谷は判断したようだ。 「何時に車をご用意いたしましょう」 「9時半にします」 「かしこまりました」
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