絵麻【1】

2/9
前へ
/227ページ
次へ
 焼き立てのパンにオムレツ、フルーツの乗ったヨーグルトにシンプルなサラダ、オレンジジュースとコーヒーだった。洋風の朝食としてイメージされる、そのもののような献立だ。  絵麻は一人で食事に集中した。テレビはあまり見ないし、そもそもここにはない。スマホを眺めることもしなかった。テーブルの端に各種取り揃えられた新聞が置かれている。夫のために毎朝きれいに並べられているが、手にしたことはないだろう。この家にいる時間が少ないのだから。  絵麻の日常に登場する機会が少ないため、夫が会社にいる時間以外に何をしているのか、どこに宿泊しているのか、考えてみることもしなくなった。会うことがあっても会話らしい会話はない。当たり障りのない、天気や話題になっているニュースなどの話しかしないのだから、影谷の方がよっぽど家族らしいと言える。  この家には絵麻と夫の清澄(きよずみ)以外に、住み込みの使用人である影谷、他に通いの料理人と掃除などをする家政婦がいる。影谷は、絵麻の実家にもともといた使用人で、結婚をするときに連れてきた。夫婦の使用人という立場だが、夫はほとんど在宅しないので、独身時代と変わらず絵麻の専属のようなものだった。  影谷の運転する車の後部座席に座り、絵麻はスマホを操作していた。よく聴いていたツイキャスの配信者、サカ☆カササギから昨日ダイレクトメールが届き、それからメールのやりとりが続いている。  絵麻は家事をする必要もないし、夫も不在で世話をすることもなく、時間を持て余していた。  絵麻と清澄の父親が共同経営している会社を、子供たちが継ぐようにと考えていた。結婚は、所謂政略結婚なようなもので、両家のどちらかが優位にならないようにお互いの子供たちに結婚してもらい、ゆくゆくは孫が会社を継ぐという思惑だった。
/227ページ

最初のコメントを投稿しよう!

192人が本棚に入れています
本棚に追加