絵麻【1】

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 絵麻は音も立てずに立ち上がり、出入り口へ向かう。店員に、急用ができたため退店する旨を伝え、静かに立ち去った。  影谷は退店したことを知らないから、どこかの駐車場で待機をしているだろう。店の前で連絡を取ることが憚られたため、不自然に見えないように歩き出した。焦って早足になりそうな自分を抑える。少しゆっくりになるくらいの速度で歩いた。  ビルとビルの間に、ひっそりと影のようにして建つカフェを見かけた。入ったことはないが、こじんまりとした雰囲気が隠れ家のように思えて、ドアに手をかけた。  入店すると、清潔で、外観から感じた印象よりも広く、落ち着いたボサノヴァが流れていて、客はまばらながらも居心地の良さそうな印象を受けた。  一番奥のテーブルが空いていたので、そこを選んで腰をおろした。マスターらしき初老の男が水を運んできた。  メニューを見ると、軽食があるようなので、ここでランチをとることにした。コーヒーとランチセットを注文して、影谷に連絡をいれた。スマホの位置情報を送信し、気分が変わったため店を変えたと伝えた。  水を二口飲み、ため息をつく。清澄と清香に見つかることなく無事に腰を落ち着けることができて、絵麻は安堵した。  Xを開くと、サカ☆カササギからメールが届いていた。  サカ☆カササギ[おはようございます。昨夜は失礼しました。旦那がいると勝手にスマホとかタブレットとかいじれないんですよ。自分はずっとスマホばかりで、会話もろくにしてくれないのに。旦那のいるときは家事か読書くらいしかできなくて。スマホくらい自由に使わせて欲しいです]  EMA522[それはなかなかだね。自分は使ってるのに妻には使わせてくれないんだ。だったら会話したり、2人の時間として過ごしたいよね]
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