早苗【9】

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 早苗は驚いた。  これは智也が口にする、妻としての努めそのものではないか。  夫のために妻はいるのだから、夫のことを自分よりも第一に考え、夫を気遣い、夫のために尽くすことが妻としての義務だと、結婚前から何度も教えてくれていたことだ。  妻の意見は必要ない。家族や友人と関わる必要もない。万が一その必要があれば夫を通すこと。ミスがあれば妻の不始末である。生活の問題は全て妻が対処すること。夫が妻の生活を成り立たせているのだから、お金も連絡手段も外出も、夫の許可なしには自由にしてはいけない。云々。  早苗は手にタブレットを持ったまま、数分間呆然としていた。愕然としたショックで一切の身動きが停止した。  じゃあ妻って何をすればいいの? 夫婦ってどういう関係なの?  早苗の頭に浮かんだ疑問に即応するメールが届いた。  EMA522[私もまともな夫婦関係を築けているとは思わないけど、人間関係と一緒じゃん?生計を共にして、死を分かつまで添い遂げる家族じゃん? こんな主従関係が家族だとは思えなくない? 奴隷じゃん。お金を稼いでいる方が偉いなんて考えは、片一方に都合のよい人権を無視した価値観なんだよ。じゃぁ家事の労力はなんだっていうのよ。専業でも兼業でも夫婦は対等なんだよ。夫婦で稼いだお金は共有財産であり、二人が協力して得たお金なんだよ。もし離婚することになれば、結婚してからの貯金は半分にするってくらいなんだから]  早苗はそのメールを読み、ショックを受ける以上に恥じ入りたくなった。  なんて無知なんだろう。智也の言う事を頭から信じて、自分の頭で考えようとはしなかった。否、しようとすら思わなかった。それが当然のことだと思っていた。
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