早苗【9】

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 何をしたいだろうか。好きな映画を見たい。映画館の空気を吸いたい。大きな画面に圧倒されて音響に震えたい。  デパートへ行って洋服を眺めて歩きたい。疲れたらカフェにでも入って休憩したりして。いちいちお伺いを立てずに自分でやりくりして好きなものを買いたい。  友人と話したい。電話でもいい。現状を聞いて共通の友人の近況も聞いて噂話をして、何時間でも喋りたい。  暇だなって疲れてしまうまで好きなだけスマホを眺めたい。  気楽に外食したり、自分の食べたいものを料理したいし、友達や両親とも話しながら一緒に食べたい。  やりたいと思っても自分で抑えつけていたことが、些細な部分に至るまで洪水のように頭の中に展開した。  しかしその中に夫の姿はなかった。  智也と一緒にやりたいことは一つも浮かばなかった。  結婚前に感じていた、智也が喜ぶようなことをしてあげたいという気持ちがなくなっていた。  思い浮かんだことは自分が楽しいと思えること。自分を喜ばせることだった。  早苗は、そんな風にしてワクワクと予定を思い巡らすようなことは、結婚して以来全くしていなかった。しようとも思わなかった。  それが妻の努めだと智也が言ったから、というのも言い訳かもしれない。考えることを放棄して他人の言葉に従うことを決めたのは自分なのだから。  しかし、だからこそこうとも言える。  従うことを止めるのも、自分からできることなんだと。
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