絵麻【9】

12/14
前へ
/227ページ
次へ
 手術は6時間かかり、夫の智也が執刀医に呼ばれて行った。 「転んじゃったんですかね」  生田が呟いた。 「どうでしょう。これがもし、また突き飛ばされた結果だとしたら……」  絵麻は手術中に何度も頭をかすめた可能性を思わず口にした。 「どれくらい経っていたんでしょうか」 「わからない。メールは昨夜したっきり、今日は一度もなかった」 「先輩のせいだったら、さすがにその場で救急車を呼ぶんじゃないでしょうか」 「そうですよね」  2分ほど二人は無言のまま座っていた。 「もう一杯コーヒーを買ってきましょうか?」  生田は空になった紙コップを手にして立ち上がった。 「そうですね……」  絵麻も続いて立ち上がり、二人は自動販売機へと向かった。  しばらくすると智也が戻ってきた。動揺を抑えきれない様子で、目は見開いたままどこでもない空中の一点を見据え、身体は震えていた。生田の座っている長椅子の隣に腰を下ろす。 「早苗さん、どうでしたか?」  生田は狼狽している智也に対して遠慮がちに聞いた。  生田の言葉にビクッと肩を震わせ、ゆっくりと生田の方を向いた。 「なんだっけ……せんえんせい……遷延性(せんえんせい)、意識障害だそうだ」  生田の視線を受けている智也の瞳は、生田の姿を映していなかった。 「……つまり、植物状態ってやつ」 「えっ」  生田と絵麻の声が重なる。 「脳挫傷、だそうだ。生命の維持に必要な部分は機能しているけど、それ以外の部分にダメージがあるらしい。ぶつけたところが悪かったみたいで、血が大量に出て、脳を破壊しちまったとかなんとか。詳しいことは理解できないが、つまりそういうことだ」  生田と絵麻は反応できない。
/227ページ

最初のコメントを投稿しよう!

191人が本棚に入れています
本棚に追加