絵麻【9】

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「確かに、嘆いても何も解決しない……。現実的な問題としては、そうかもしれない。でも、でも、いくらなんでも『中途半端に生き残りやがって』なんて言葉……」  絵麻は顔をしかめた。 「……浮気して暴力までふるっているのに、相手の有責で離婚しようと計画していたくらいですからね。なんていうか、元々他者に対する情みたいなものが希薄なんでしょうね、先輩は……」  放心して虚ろな表情のまま抑揚のない声で生田は呟く。 「自分が突き飛ばしたなら救急車を呼ぶとか、普通の神経だったらそうするでしょう? 希薄とかそんなレベルじゃない! 確信犯よ!」  絵麻は立ち上がって激高し、生田の方を向いて声を荒げた。  呼吸を整えようとして前を向いて座りなおすと、声は弱々しい涙声になっていた。 「もっと早く気がついていれば……。もっと早い時間に待ち合わせをしていれば。早くあいつから引き離しておけば……」  絵麻の目に涙が滲んでいた。 「こういう時って、ああしていればこうしていればってもしものことを考えてしまうものですが、意味ないですし、言ってる本人が参ってしまうだけなので、そういう風に考えないことをお勧めします。それよりも現実的に何ができるかを考えたほうがマシです」  生田はそう言うと視線を床に落とし、大きく息を吐いた。  絵麻は涙で滲んた目を生田の方へ向け、両手で目を塞いで深呼吸をしている生田を眺めていた。  深呼吸を終えると両手を下ろしたが、絵麻とは目を合わせず正面を向いたまま言葉を続けた。 「僕たちは部外者ですから、出来ることは限られています。それでも力になれることがないか、考えてみましょう」  生田を見据えていた絵麻は、しばしその言葉について考えを巡らすと、しっかりとした動作で頷いた。
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