絵麻【10】

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「早苗はいわゆる植物状態になっているので、意識があるのかどうかすらわからないそうです。意識があってもそれを伝達できる部分が壊れている。ですから、早苗が何かを感じていて求めていることがあったとしても、それを私達は理解することはできません」  母は言いながら声に悲哀が滲んだ。口元に片手をあてて俯く。  両手をテーブルの上で握りしめた父は、妻の言葉を継いで言った。 「娘がどう考えているかわからないことが問題ですが、こんなことになって、それでもあの男と夫婦でいたいと考えているとは思えません。親としてそう思いたくないのかもしれませんが、どうしても許すことはできない」  絵麻と生田は、間が空いても口を挟まず、傾聴する姿勢のまま身動きをせず夫妻を見つめていた。  父が続けて口を開く。 「後悔をしても仕方がないとはわかっていますが、あんな男と結婚させてしまったことは悔やんでも悔やみきれません。結婚して遠く離れてしまったのに、連絡がないのは新婚なのだからと勝手に思い込み、邪魔にならないようにと配慮して連絡を取ろうとしなかった。そのために娘の苦しみに気づくことができず、こんな結果になってしまった……」  言いながら、父の言葉にも嗚咽が混じり始めた。嗚咽を堪えてそれでも言葉を続ける。 「お二人の話を伺って、あの男が想像以上に悪辣な男だと知った今、また同じような後悔をするつもりはありません。早苗が望む望まないにかかわらず、人道的に、倫理的に正しいと思うことをしたい。いや、親として娘の幸せを考えた上でも、それが正しいことだと信じたい」
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