絵麻【10】

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 智也の不倫は堂々としたものだったらしく、会社の近くで2人が度々目撃されていたことが一部では既に噂になっていたらしい。妻の事故と病状から悲劇的な主人公を演じて同情を買っていた智也は、噂が会社の隅々にまで行き渡ると、会社での評価が失墜した。  妻が植物状態でありながら、わざわざ内容証明なる書類が送られてくるということは、何やら許され難い所業があったゆえではないか。カッとなるとデスクを叩いたり、物を投げる性質を職場でも見せていた智也は、パワハラやモラハラ発言も多く、後輩だけでなく同僚からも反感を買うことが少なくなかった。  妻の事故は智也のDVによるものなのではないかとの悪質な想像が噂話に織り交ぜられても、それを否定する者は少なかった。  生田は智也の会社の内情を、会社の中にいる友人数名からと、会社間を伝わる噂のネットワークから得ていて、それを逐一絵麻に報告した。  会社名も人名も出されなくても、奥さんをDVで植物状態にした、というインパクトのある説明語句は、何人もの語り手を通しても抜け落ちることがなく、誰の噂なのかは一目瞭然だった。  噂が十分に行き渡ったことがわかると、絵麻は真打ちを投入した。  早苗の両親による傷害罪での刑事告訴である。  現場を直接警察に押さえられた件を筆頭に、今回の事故は疑惑としてだが付随してた告訴をした。  不倫の内容証明は、慰謝料や離婚協議のためというよりも社会的制裁の意図を含んだ前哨戦に過ぎなかったのだ。
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