絵麻【10】

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 生田のにこやかな対応に反して、スマホから漏れ聞こえる音は怒りに満ちた叫び声だった。「なんで電話に出なかった!」「お前も関係してるんだろ!」などと喚く声が絵麻のところにも響いてきた。 「いえいえ、確かに僕も先輩に協力したという負い目はありましたが、ちゃんとご両親に陳謝いたしました。誤解を与えないよう、詳細にご説明もさせていただきました。はい。はい。あはは! まさか! ははは!」  生田の笑い声の横から漏れ聞こえるスマホのスピーカーからは、「ふざけてんじゃねーぞ」「お前も同罪だからな!」と割れ響いている。 「僕としては先輩にお会いする理由は思い至りませんが、先輩がどうしてもとおっしゃられるのであれば、いつでもお待ちしております。そのときに、先輩が奥様にされたことを僕がどう解釈しているのか、言葉で足りなければ身体でお答えしようと思います」 「てめぇ、有段者だろ!? 素人に手ぇ出したら捕まるぞ!」という怒声がスピーカーから聞こえた後、生田は耳からスマホを離し、わめき続ける音声をぶつりと切った。  スマホをテーブルの上に置き直した生田は、絵麻を上目遣いに見て小狡そうに笑った。 「空手やってたんですよ。先輩の前で何度か披露したことがあるので、僕の腕はご存知です」  絵麻は驚いた表情で生田を見ていたが、生田のニヤリとした笑顔を見て可笑しさがこみあげてくると、思わず声を出して笑った。  20分後、絵麻と生田はファミレスの前で別れ、それぞれの車に乗り込んだ。  絵麻は早苗の病室へ行きたいと思ったが、両親が来ているのだから邪魔をしてはいけないと考え直し、自宅へと帰った。
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