絵麻【10】

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 義姉の出産前後の時期から、自分に対する清澄の態度が変わってきたことには気づいていたが、どういった方向に変化しているのかは今まで気がつかなかった。  絵麻に対して以前とは違う関心を向けている。自分の居場所をここに作ろうとするかのような変わりようだ。  絵麻は既に探偵からの報告書を受け取っていたし、それを駆使する最適なタイミングを計っている状態だったため、今更擦り寄られても不気味なだけだった。  遅すぎる。否、義姉と通じている男を受け入れるなんて、最初から無理だったのだ。  早苗のことで慌ただしく行動し、頭の中もそれで占められ自覚できていなかったことが、これまで清澄に触れられ、触れてきた記憶が一気に不快感を伴って思い出された。  胃から迫るものを感じた絵麻は急いでトイレへ駆け込み、胃の中のものを戻した。  背筋が寒くなり、鳥肌が立つ。触れられた肌の感触を思い出してまた吐いた。  何度目かでようやく落ち着きを取り戻すと、居室にあるシャワー室へ行って頭から熱いお湯を被った。  身体を念入りにタオルで擦った。肌が赤くなり、痛みが出るまで擦った。  絵麻は泣いていた。改めて自分を憐れだと思った。早苗と話をしたかった。メールでも何でもいいから反応を返して欲しかった。  なぜ今まで平気で受け入れていたのだろう。妻として側にいれたのだろう。  絵麻は一刻も早く夫婦の住処であるこの家から出ていきたくなった。実家へも戻りたくない。  どこか、家族にも友人にも会わずに済む場所へ行きたい。全てを忘れてしまえるような、現状と一切関わりのない世界でやり直したい。  絵麻は、熱いシャワーを浴びながらも震える身体を両手で抱え、芽生えた願いを強く意識し、これからの人生に希望を見出そうとしていた。
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