早苗【11】

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 たくさんの紳士とレディがくるくると華麗にダンスを踊っている中で、一際美しく、その二人にだけ一段と大きな照明でも当てられてでもいるかのように、キラキラと輝いて見える紳士とレディの姿があった。  紳士はすらりとした肢体とがっちりとした上半身を白のフロックコートで身を包み、金色の髪は刈り上げられ、少し伸ばした上部はわずかにカールしている。  相手に引けを取らぬほどレディもスラリとして背が高く、黒い絹のドレスがよく似合っている。艷やかなプラチナブロンドの髪は彼女が動くたびに華麗な尾を引き、胸元に輝く宝石がさらに彼女を美しく際出せていた。  将来を有望視され、国中の若い未婚女性がその妻の座を夢見ている伯爵のダンスの相手となると、嫉妬や憎悪の目を向けられてもおかしくないだろうに、二人に向けられた会場の人々の表情はうっとりとして、感嘆のため息と賛辞の言葉しか聞こえてこなかった。 「お父様、あのレディはどなたですか?」  早苗は当然の疑問を口にした。 「あれは、ヴァロワ公爵の娘さんだな。確か、彼女も今日が社交界デビューだったはずだ」  父は思い出すように視線を斜め上にあげたあと、早苗に視線を戻して囁き声で続けた。 「ミス・エマ・ヴァロワだよ」  早苗は父の言葉に目を見開き、口の中で小さく繰り返した。 「エマ……」  早苗の脳裏にEMAと書かれた文字が浮かんだ。  タブレット、メール……、そんなものは見たことがない。知らないはずなのに、夢の中で触れていたような、そんなシーンの断片が、一瞬記憶の中に浮かんで消えた。  エマという名前に親しみと懐かしさを感じた。見知らぬレディなのに、なぜだか横にいる父よりも身近な存在に感じられた。
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