絵麻【11】

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絵麻【11】

 目覚めた絵麻は、ベッドに横になったまま身動きをせずに、意識を夢の中へと戻そうとしていた。  部屋の天井、寝具の手触り、窓の外から聞こえる鳥の鳴き声、そう現実を認識するほどに、先程まで知覚していた世界が霧散していく。反芻しようとするほどに消え去っていく。  早苗と会えたような気がした。  紳士とダンスをしていたときにすれ違った見知らぬ女性に懐かしさを覚えて、ダンスを終えたあとに話しかけた夢を見た。生田もその夢に出ていたような覚えがある。フロックコートを着て、その見知らぬ女性と踊っていたような。  夢の中の自分は自信満々で希望に溢れ、毎日の生活を楽しんでいるような感覚だった。もう一度夢の続きを見たいとベッドの中で努力をしたが、意識は現実の中で覚醒していくだけで、普段の見慣れた世界にいる自分を強く意識させられるだけだった。  影谷を呼び紅茶を運ばせると起き上がり、洗面を済ませてから紅茶に手を付けた。カフェインが脳をクリアにしていく感覚があり、今日の予定を思い出すと気持ちを切り替えた。  午前の内から親族と会社の重役たちが義実家へ集まり、義姉夫妻の息子のお披露目を兼ねた昼食会をする予定だった。  絵麻はテーブルに書類を並べ、もう一度全てに目を通し、間違いがないかを何度も確認しながら順番に並べた。それをファイルに入れてバッグへと片付けると、スマホを操作して耳に当てた。 「おはよう! いよいよだよ。うん、大丈夫! 準備はバッチリよ。アハハ! そうだね、確かに。……了解! 楽しみにしてて」  通話を切ると立ち上がって鏡の前へ行き、自分の顔をまじまじと見つめた。大きく深呼吸をして、心の中で覚悟を決めた。
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