早苗【1】

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 早苗のやることは、家事と、智也の相手だけである。他の時間は、待機の時間というのか、何か命令なり、頼み事をされたら、すぐに動けるように心構えをしていなければならない。  智也が何かをしていて暇ならば、智也のお金を使わずにできる暇つぶしをしても良い。早苗は、考えた末、図書館借りた本を読むことにした。趣味は、と、もしも誰かに聞かれたら、読書と料理、と答えるだろう。  早苗は、智也の妻なのだから、智也のためにできることをする。それ以外のことは必要ない。智也のおかげで生活させてもらえている。智也の金で生きている。智也の要望が全てであり、許可がなければ何もできない。当然のことだ。最愛の夫が、そう言うのだから、それが正しいのだ。  それに対して反感を抱くなど、考えもつかない。反論など、もっての他だ。  大学時代に遠距離恋愛をしていた智也が、大学のある土地でそのまま就職をした。それが当然のように、早苗は智也のいる地に嫁いだ。  早苗はこの土地に、家族や友人どころか、知り合いすらいない。ごみ捨てのときやスーパーで、近所の人と挨拶をする程度である。夫の智也としか話さない。電話やメールなどの連絡も智也とだけで、家族や友人とは取らない。智也が結婚をしたときに最初に切り出したのがそれだった。  結婚してそれまで使っていた早苗のスマホは解約し、智也名義のスマホを借り受けたときに新しくなった電話番号は、誰にも教えていないし、連絡先も全て削除された。  家族とは、智也もいるグループLINEでのみ繋がっているが、智也のいない時に直接話す必要はないため、電話番号は智也の分だけで、早苗の借りているスマホの番号は教えていない。  結婚して2年間、こんな生活である。早苗の存在は全て、智也のためにある。これは、妻として当然で、結婚の形として当たり前なのだと、智也が教えてくれた。
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