絵麻【2】

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真部健一(まなべけんいち)さんです。弊社の総務部で働いていらっしゃいます」 「あ、はい。真部です。4月に入社して、総務部で働かせていただいております」  上等なスーツを着てはいるが、まだ学生のような幼い顔には不釣り合いに見え、服に着られているような印象だった。振る舞いがぎこちなく、見るからに震えていて、こちらにまで緊張が伝染しそうだ。  清香は静かに立ち上がり、真部の横に並んだ。真部を勇気づけるように背中に手を添える。 「籍は先に、明日にでも入れようと考えております。式は、再来月に簡単なものを挙げようと思います。皆様に来ていただけたら嬉しく思います」  清香は微笑しながら落ち着いて話した。 「はい、よろしくお願いいたします」  真部は手を真っ直ぐに下ろした形で強張らせ、最敬礼をした。その動きで汗が飛んできそうなほど額が濡れていた。 「真部様、こちらへ」  使用人が、絵麻の向かい側の席に椅子を持ってきていて真部を誘導した。  それから、お祝いのためにシャンパンを開けようということになり、新たにグラスが配られ、乾杯した。  15分ほどの歓談の後、重役の面々と両親はそれぞれ、帰宅していった。  絵麻は驚きに満たされ、思考が停止していた。シャンパンを飲んだ記憶はなかったが、グラスは空になっていた。絵麻がようやく周りを見渡す余裕ができたとき、気付いたら清澄と並んで玄関におり、義両親と義姉、真部氏を見送るところだった。  無意識に真部の挙動を凝視していた自分に気づき、慌てて目を逸らすと、自分を見つめている視線に出合った。  清香が絵麻を見ていたのだ。2秒ほど目が合っていた。清香は、口元は穏やかだったが、目つきは挑むような視線だった。怯んだ絵麻は、義両親の方へ目を逸らして見送りの言葉をかけた。
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