第一章 カエルを愛せる女探し

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 ユリウス・タラーは、端正で理知的な顔をしている。胸元や袖に金色の刺繍が入った、黒を基調とした品位ある制服がよく似合っている。  有能な雰囲気の漂う魔道士が言い淀む様に、「由々しき事態」という単語に重みが加わる。 「あの、私、ここに勤務して二年目で、役職についているわけでもないですので、お力になれるのか、わからないです」  自信のなさを正直に告白したにもかかわらず、彼は(おや?)というように片眉を上げた。それから、強ばっていた唇をふわりと緩めた。 「ふふっ。素直なお嬢さんですね。お名前は?」 「リーシェ・フランシュアです」 「フランシュア、フランシュア……」  彼の目の動きが止まった。頭の中で貴族名鑑のページをめくっているのだろう。 「私、貴族ではないです。ノンチェスター町出身の平民です」 「平民?」  信じられないというふうに、ユリウスの切れ長の目が大きくなった。  彼が驚いた理由はわかる。宮廷に勤めるには学歴や才能だけでは不十分で、身分が必要。  平民がなぜ宮廷に、しかも薬師というエリート集団の中で働いているのか不思議なのだろう。  彼だけじゃない。みんながそれを不思議に思って訊ねてきた。私は今までみんなに説明してきたとおり、アレクシオ王弟殿下の名前を出そうとした。  その矢先──。  宮廷魔道士の広い袖口から、なにかが飛び出してきた。 「ああっ、おまえか! クワッ!!」  ジャンプしてユリウスの手のひらに降りたものは──黄緑色のアマガエル。  ユリウスは慌てふためいた悲鳴をあげた。 「ああっ! 出てきてはいけません!」 「無理だ。死んでしまう! 早く水に入れてくれ! おまえの体温で乾涸びてしまいそうだ! クワックワッ!!」 「それはいけません! リーシェ嬢、桶に水を張ってくれませんか!」 「はい!」  勢いに押されて、私はすぐに木桶に水を張った。  アマガエルは水の中で気持ちよさそうに泳いだのち、桶の内側にペタリと張りついた。 「ああ、助かった。ありがとな! クワッ!」 「どういたしまして」  お礼を言うなんて律儀なカエルだと微笑ましく思っていると、視線を感じた。ユリウスが目を丸くして、私を見ている。 「リーシェ嬢は、その、カエルが人の言葉を話すことをおかしく思わないのですか?」 「そういえばそうですね。不思議なカエルですね」 「感想はそれだけですか?」 「えぇと、あとは……元気になって良かったなって思います」 「カエルそのものについては、どう思いますか?」 「私、田舎育ちなので、カエルを追いかけて遊んでいたんですよね。アマガエルってかわいいですよね。両生類の中で、一番好きです」 「クワッ⁉︎」 「っ⁉︎」  ユリウスは息を呑み、アマガエルは鳴き声を上げた。彼らは顔を見合わせ、しばし考え込むような沈黙を落とした。  カエルが人の言葉を話すなんて変だし、普通に会話が成立しているのもおかしいとは思う。  けれど、私は寝不足なのだ。   (頭が働かない。瞼が重い。これが夢か現実か、わからなくなってきた……)  二人の沈黙が、私を眠りへと誘う。  
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