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クリム先生は私の憧れだった。 私の通う王立魔法学院は成績によってクラスが定められていたため、高位魔法を扱うクリム先生の授業を受けるには相当の成績が必要だったが、先生に会いたい一心で勉強した結果、飛び級で入り込むことができた。 天才ともてはやす周囲の声は私にとって何の価値も無かったが、先生に「その年でこんな難しい魔法論理を構築できるなんてすごい」と褒められた時には天にも昇る気持ちになった。 クリム先生のサラサラして輝く金髪、どこか憂いの籠った紺碧色の瞳、シュっとした背丈、礼儀正しい振る舞い、優しい声、愛嬌のある笑顔、そして国が誇る卓越した頭脳。そのすべてが好きだった。 私は自分で言うのも何だが、顔は悪い方ではなかったと思う。同世代から見ても胸は発達しており、ほっそりとした腰つきと整った肌、この見てくれが男子に魅力と映ることは理解しており、何人もの男たちから告白された実績からすると、有り体に言えばモテる方だった。クリム先生以外に興味はなかったが。 私は先生への好意を隠さなかった。しかしまったく相手にされなかった。 先生は優しく「大人に憧れる気持ちを勘違いしてるだけじゃないかな。ソフィラには僕より相応しい相手が現れるよ。」と言ってくれたが、16年ほどしか生きていない女など20も後半に差し掛かる大人には小娘にか映らなかったのだろう。 それならば、と私は自分が大人になるまで自分を磨き続けようと決意した。 先生のように軍部から直々に声がかかるほど魔法学を極める。いつの日か先生と肩を並べて共に歩むべく、日々研鑽に努めた。 私の運命を変えることになった魔法に出会ったのは、クラスに入って半年ほど経った頃だった。 ある日、森で行っていた課外授業で私の放った魔法は鳥を一匹消し去った。 ちょっとした仮説をもとに構築した魔法であり、論理もまだ裏打ちされてない偶然の産物だったが、クリム先生はそれを見てとても驚いていた。 「ソフィラ、それは僕の魔法と同じだ。どうして君が・・?」 先生が使ってた魔法を真似たものだから似てるかもしれない、と言うと先生はさらに驚いた顔になった。 授業が終わると二人で話すことになり、私は嬉しさで胸がいっぱいになった。 放課後、森で二人になると先生は語ってくれた。 「まずは僕の魔法を説明しよう。僕がいつも持ってるこの魔法書を見てごらん。」 「どのページも真っ白ですね。何も書いてない。」 「これは白本と呼んでいてね。僕の使う魔法に必要なアイテムなんだ。あまり人前では使わないんだけど、君には見られちゃったみたいだね。ははは、謝る必要ないよ。さてあらためて魔法を使ってみようか。うん、あのリスで試してみよう。」 先生が魔法を詠唱すると右手から閃光が放たれて木の実をかじっていたリスを包んだ。 そして左手で抱えていた白本もピカっと光った。 「さあ、本を。」 本を開いて見せると、そこには先ほどのリスがペンで書いたような絵になって、いや、 「リスの絵が動いてる・・!」 白いページの中で黒い線で描かれたリスが所狭しと走り回っていた。 「驚いたろう。これは次元転移の魔法と言ってね。対象の次元を変化させるんだ。次元というのは・・・知ってる?さすがだなぁ。念のためおさらいしておくと、僕らがいるこの世界は縦、横、高さの軸からなる三次元と定義されている。これに対して縦と横しかない世界、『面』の世界は二次元とされている。この絵がそれにあたるね。このリスは三次元から二次元に転移されたんだ。二次元でも生きてはいるけど、高さや奥行きがないからこの本の中でしか生きられない。と、かわいそうだから元に戻してあげようか。」 先生が再び魔法を詠唱すると、白本が光ってリスが飛び出した。慌てた様子で藪の中に走り去っていく。 「ほかにも一次元というのがあって、『一本しかない線』の世界だ。横線が無くて縦線しかないといようなものだね。さらに下にはゼロ次元がある。これは『点』だけの世界だ。そういえば君がさっき放った魔法は確かに次元転移のものだったけど、エネルギーは3倍くらい感じたかな。」 「ではさっきの鳥は三次元からゼロ次元に転移して、点になっちゃったんですか?」 「いや、僕の魔法は低次元に向かわせるものだけど君の魔法からは逆の方向性を感じた。高次元の方だ。この世界である三次元に対し、『時間』の軸が加わったのが四次元だと言われてる。時間を操る魔法は四次元に干渉するもので、なかなか高度な魔法論理が必要だ。さらに上が五次元。これは『神の視点』でとらえた世界と言われてて滅多に成功事例がない。僕らの世界が過去も現在も未来も本に書かれた物語のように見えて、それを読者として読むイメージかな。」 「でも私の魔法エネルギーは3倍だったんですよね。3次元から3段階増えて、六次元でしょうか。」 「ハッキリとは言えないけど、可能性は高い。いやはや、ここで六次元理論に出くわすとは思わなかったよ。異世界からの転生者の話、君も知ってるね。実は魔法学者の間では異世界こそ六次元ではないかという説もあるんだ。神の視点のその先、神の住まう世界そのものに移動するものだ。つまり君の魔法を受けた鳥は、異世界に転生した可能性がある。そうそう、有力な仮説では異世界へは転送というよりも転生という形になるそうだ。その世界を構成する物質の成分や理が異なるため、転送先の世界にある物質の中に存在が再構築される。魂は変わらないが器は変わるということでね。」 「私は転生なんかより先生と同じ魔法でいいのにな。二次元転移のやり方を教えていただけませんか?」 先生は何を思ったのか一瞬ウッと唸って躊躇したが、考え直したようにうなずいた。 「いいとも。授業が終わったら二人きりで練習しようか。」 二人きりで練習、という響きに私は目をチカチカさせた。
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