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「低次元に向かわせる理論は問題なさそうだけど、エネルギーのコントロールがまだまだかな。力を抑える技術が必要だ。」 あれから何度か練習しているがなかなかうまくいかなかった。何匹かの小動物を宇宙のもくず、あるいは地面の染みにしてしまった。先生には言ってなかったが、実のところ問題は技術ではなかった。すでに次元転移にかかる魔法理論はマスターしており、先生が軍の用事で出かけて一人で練習した時には高次元でも低次元でも思い通りの次元に飛ばすことができた。 問題は私の感情なのだ。魔法エネルギーを操るには冷静かつ微細な計算が必要となるが、先生と一緒にいると頭の中に虹色の花が咲いてどうにもコントロールが利かない。クリム先生に悟られまいと顔に出さないようにしているものの、先生の吐息が聞こえるだけで、手ほどきで手が触れ合うだけで、二人きりで過ごしているという事実をかみしめるだけで、私の心は歓喜に踊り乱れる。いっそ魔法なんて使えずともこの時間が永遠に続いて欲しいとも思ったが、そうはいかない。先生と一緒にいるには先生を絵の中にしまうしかないのだ。 思い立って私は先生に聞いてみた。 「ところで先生、本の中では生きてるってお話でしたけど、食べるものが無ければ餓死してしまうの?」 「いや、二次元の摂理に従うことになるから、生命維持の活動は必要なくなる。中に居ても意思はあるし動くこともできるけど、生理現象は無い。」 「では永遠に生きられるということでしょうか。」 「理論的にはね。ただし、本自体がどうにかなったら生きてはいけない。異なる次元からの干渉に対してはとても脆いんだ。本をちぎったり破いてしまったら、それはもう死を意味する。これは他の次元でも同じことが言えるね。時間魔法の失敗例でもよくあるけど、身体の一部だけを過去に飛ばすような真似をしてしまうと、身体が引き裂かれて死んでしまう。」 地面に転移させた二次元の小動物を足で踏んだら、線が乱れてもとに戻らなかった記憶がよぎる。 先生を本にしまう時には気を付けなければならない。そんなことを考えていると、先生がふと遠い目をした。 「逆に言えば、しばらく本の中に居て時間が経ってから解放しても、状態は変わらないわけだ。食料は腐らないし、大人数の移動も簡単。運搬にとても便利なんだ。・・・・・特に、軍隊の移動には。」 先生は悲しそうな顔をした。 「そう、僕が時々軍部から声がかかるのは行軍の手伝いをするためなんだ。目立たず移動できて、食料を腐らせず大量に、武器も大量に収納できる。我が国が他の国を圧倒できるのはこの魔法のおかげと言っても良いくらいだ。ソフィラ、正直言うと僕は君がこの魔法を学びたいと言ったとき、危険に巻き込むことになってしまうから反対しようと思ったんだ。でも我が国の未来を考えると、いずれこの魔法の後継者を育てなければいけない。そう思って君を。ごめんね。」 「謝らないで先生。今の話を聞いて、私はとても光栄に思いました。ぜひお手伝いさせてください。」 私が使えれば魔法を使える者が二人になる。二人が手を取り合って国を支えるのだ。 さらなる未来を考えれば、この魔法を使える人はもっと増やさねばならない。二人で運営する魔法アカデミーを開いて生徒を育てるのも良い。いや学校なんて必要なかった。魔法は生まれ持った素質が必要であるのだから私が先生の子供を産んで、本の中に居れば先生はずっと若いままなのだから永遠なる愛の営みを 突然、先生が私を抱きしめた。 「ソフィラ、君はなんていい子なんだ。僕はもう自分の気持ちに我慢できない。」
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