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壊れた天才
彼は、一言で言えば天才だった。
医学、こと臓器移植の分野では右に出るものはいなかった。
そんな彼も結婚し、子どもに恵まれた。
その成長をにこやかに話す彼は天才ではなくて、どこにでもいる普通の親だった。
そう、表面上は。
実際の彼の子どもは、心臓に疾患を抱えていた。
専門家の彼や同僚の自分の目から見るに、完治には移植が不可欠な状況だった。
様々な臓器が人工的に培養された物が使われるこのご時世にもかかわらず、生命の根幹に関わるという理由で心臓だけは生体間移植しか許されていないのだ。
当然その症状により順番待ちが生ずる。こればかりはいかに彼でもどうしょうもなかった。
けれど、早く気がつくべきだった。この時点で彼が既に壊れ始めていたことに。
子どもの疾患が明らかになってから、彼は自身の研究室に他人が立ち入れないようにした。
留守にするときには神経質に鍵をかけ、入退室時には周囲に人の目が無いかまで気にするようになっていた。
かつて自分達は互いに研究室を行き来し、討論で夜を明かしたりしていたのだが、その頃とは心なしか人相まで違っているように見えた。
お子さんの具合が捗々しくないのだろう、自分は安直にそう考えていた。
そんなある日のことだった。
けたたましいサイレンを鳴らして一台の救急車がやって来た。
ストレッチャーに載せられて降りてきたのは、まだ幼い女の子。
自分はその子に見覚えがあった。
そう、紛れもない、彼の子どもだった。
彼が何かを企んでいる。
そう直感した自分は、あわてて彼の研究室へ向かい扉を叩いたが、返事は無い。
それでも去りがたく、しばしその場に立ち尽くしていたところ、扉は音もなく開いた。
現れた彼の顔には、ひきつった笑みが浮かんでいる。
そして、彼は自分の顔を見るなりこう言った。
力を貸してくれないか、と。
彼はそれまで頑なに他者を拒んできた研究室の中へ俺を招き入れる。
目に入ったのは、巨大な試験管のような培養装置。
その中には、先程見た彼の子どもに瓜ふたつの女の子が浮かんでいる。
娘の細胞から作り出したんだ、と彼は笑う。
何が何だかわからず呆然とする自分に向かい、彼は続ける。
この子に娘の頭部を移植するんだ、心臓じゃないから問題はないだろう?
最愛の娘を救いたい。その一心で、彼は壊れた。
そして、自分も……。
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