Episode.3

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一時間後、ショッピングモールの前でお母さんと別れる。私は新しい自転車で、お母さんは電車でそれぞれ帰宅することになった。 まだ馴染んでいないサドルに跨り、ペダルに置いた足に力を入れた。スピードに乗ったところで右ハンドルの変則ギアをカチカチと回す。ずん、とペダルが重くなってそれと同時に速度が上がる。 思わず腰を上げて立ち漕ぎをした。頬を撫でる風が早い。心地よい風に目を細めながら、いつもよりも軽快に自転車のペダルを回した。 『ねぇ未来。高木さんのことどう思った……?』 いい気分だったのに急に嫌なことを思い出して顔を顰めた。 フードコートでクレープを食べながらお母さんにそう聞かれた。答えに少し迷っていると喉の奥がぎゅっと締まる感覚がして、咄嗟に「別に」と答えた。 お母さんは困ったように笑って「そっか」と呟砕けだった。 家とショッピングモールは学校を挟んだ反対側にある。ということは帰り道の途中からは普段の通学路というわけだ。 いつもよりちょっとだけ注意深くあたりを見回しながら帰り道をなぞる。 ハルカ、今日もどっかで迷子にでもなってるのかな。 そんなことを一瞬でも考えた自分にギョッとした。 「いやいやいや、べつに会いたいわけじゃないし。友達じゃないし」 すかさず自分に突っ込んで、もう一度サドルに座り直す。 会いたいわけじゃない。そうだ、別に会いたいわけじゃない。ただ新しい自転車だからちょっと自慢したかっただけだ。
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