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私は仰天した…
ユリコの言葉に仰天した…
なぜ、私が、伸明のお気に入りだから、和子に気をつけなければ、ならないのか?
わけがわからなかったからだ…
だから、
「…どうしてですか?…」
と、聞いた…
「…どうして、私が、伸明さんのお気に入りだから、目をつけられているんですか?…」
と、聞いた…
すると、
「…答えは、簡単…」
と、ユリコが、言った…
「…簡単…」
「…そう、簡単…答えは、あの五井の女帝は、あの伸明を寿さんと、結婚させたくないからよ…」
「…エッ?…」
思わず声に出した…
だって、そうだろう…
あの和子は、私と伸明の結婚を後押しする言葉をかけた…
いわば、私の味方…
にもかかわらず、このユリコは、真逆…
真逆=敵のように、言うからだ…
私が、考えていると、
「…だって、寿さん、考えてみて…」
と、ユリコが、言ってきた…
「…なにを、考えるんですか?…」
「…天下に知られた五井の御曹司が、どこの馬の骨とも、わからない女と結婚したら、五井の恥よ…世間の笑いものよ…」
ユリコが、言う…
「…まさか、五井の恥を天下に晒すわけには、いかないでしょ?…」
言われてみれば、その通り…
ぐうの音も出なかった…
まさに、その通りだからだ…
それに、気づかない私は、バカ…
大バカだった…
表面上は、ともかく、和子が、認めるわけがない…
私を伸明の嫁として、認めるわけはない…
なにしろ、あれほど、五井の序列を気にする和子だ…
序列が、変われば、五井が、崩壊しかねない…
そんな危惧を抱く和子が、私と伸明の結婚を認めるわけはない…
そんなことを、すれば、それが、引き金になり、最悪、五井が、崩壊しかねない…
五井が、バラバラになりかねないからだ…
五井は、五井の一族との結婚が、決まり…
決まり=原則だ…
その原則を、当主自らが、破るわけには、いかない…
その掟を破るわけには、いかない…
そんなことをすれば、それが、前例になり、次々と、五井の掟が、破られかねない…
そして、その結果、五井の結束が、弱まり、最悪バラバラになる…
それを、和子は、恐れている…
異常なくらい、恐れている…
そして、そんなに恐れている和子が、私と伸明の結婚を認めるわけはない…
絶対にない!
あらためて、思った…
あらためて、考えた…
しかしながら、そんなことも、気づかないとは?…
今、このユリコに指摘されるまで、気づかないとは?…
我ながら、愚かという言葉では、言い表せない…
それほど、愚かだと、思った…
それほど、愚か=バカだと、気づいた…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…ようやく、寿さんも、自分の立場が、わかったようね…」
と、電話の向こう側から、ユリコが、楽しそうに笑った…
実に、楽しそうに、笑った…
が、
当たり前だが、私は、全然、楽しくない…
むしろ、不愉快だった…
私は、騙されていた…
あの和子に騙されていた…
それに、気づいたから、不愉快だった…
いや、
必ずしも、ユリコの言葉が、本当か、どうかは、わからない…
真実か、どうかは、わからない…
が、
普通に、考えれば、真実…
ユリコの言うことが、正しい…
そう、思う…
が、
その一方で、それは、本当か?
ユリコが、ウソを言っているのではないか?
ユリコが、私を騙さそうとしているのではないか?
そういう気持ちもある…
正直、ある…
が、
しかしながら、ユリコの言葉には、説得力がある…
なにより、説得力がある…
それは、否定できない…
また、こんなとき、思うのは、
…自分は、特別…
…自分は、例外…
と、思うこと…
それが、危険…
なにより、危険だ…
誰でも、そうだが、自分の評価は、他人が、自分を評価する、数倍は、高い(苦笑)…
もちろん、この私も例外ではない…
この寿綾乃も、例外ではない…
一番、よくわかる例は、リストラ…
会社で、早期退職=リストラが、実施され、誰もが、アイツは、切られても、仕方がないと、思っていても、それに該当する当人は、
…なんで、オレが?…
…ウソだろ?…
と、内心、ビックリしている者も、多い…
自分の実力と、周囲の評価が、まるで、違うからだ…
もっと、身近な例で言えば、モテ具合…
例えば、会社で、モテる女がいるとする…
が、
巷(ちまた)では、それほど、モテる女ではない…
美人でも、かわいくもない…
ただ、若いだけ…
では、どうして、会社では、モテるのか?
それは、女が少ないから…
男に、比べて、圧倒的に女が少ないから、若い女なら、おおげさに言えば、誰でも、モテる…
例えば、男と女の割合が、九対一…
いや、八対一と、言った割合…
だから、誰でも、チヤホヤされる…
誰でも、モテる…
だから、誤解する…
誰もが、勘違いする…
自分のモテ具合を、勘違いする…
本当は、私そんなモテない…
この職場は、女が少ないから、私でも、チヤホヤされるんだ…
と、内心、わかっている女でも、大抵は、自分のモテ具合を、誤解する…
チヤホヤされるから、誤解する…
自分を、他人が、評価する、2倍や3倍は、モテると、誤解する…
そういうものだ(笑)…
そして、それは、私も同じ…
私、寿綾乃も、同じだ…
なにが、同じなのか?
それは、自分は、特別…
特別だから、伸明のお嫁さんになれるかも、しれない…
五井家当主の妻になれるかも、しれない…
と、本気で、思い込む…
それが、間違いなのに、まったく、気づかない…
だから、同じ…
同じだ…
あらためて、思った…
あらためて、気づいた…
そして、私が、そんなことを、思っていると、
「…だから、気をつけなさいと、言いたいわけ…」
ユリコが、電話の向こう側から、力を込めて、言う…
私は、ユリコの言葉に、納得した…
全力で、同意した…
そして、考えた…
このユリコ…
どうして、私に、連絡を寄こしたんだろ?
なにしろ、犬猿の仲だ…
ホントは、顔を見たくない仲だ…
私は、このユリコから、夫のナオキも、息子のジャン君も奪った女だ…
だから、憎んでも、憎み足りない…
それほど、私を憎んでいる…
あるいは、忌み嫌っている…
にも、かかわらず、私に電話してきた…
こんな夜中にも、かかわらず、電話をしてきた…
これは、一体、どうして?
これは、一体なぜ?
わからない…
いくら、考えても、わからない…
だから、なぜ?
どうして、私にこんな時間に電話をかけてきたのか?
聞こうとすると、先に、電話の向こう側から、
「…私、やりすぎちゃったのね…」
と、またも、ユリコの声が漏れ聞こえてきた…
「…あの五井長井家のお嬢様と、菊池リン…彼女をバッティングさせ、あることないこと、吹き込んだ…」
「…エッ?…」
あまりにも、意外…
いや、
意外ではない…
やはりというか…
やはり、ユリコが、絡んでいたのか?
今さらながら、気付いた…
「…そして、それも、また、あの五井の女帝の知るところとなった…当然、女帝は、激怒するわね…」
「…」
「…だから、私は、やばい…実に、やばい立場…」
ユリコが、自嘲気味に、言う…
私は、
…それは、当たり前だ…
…自業自得だ…
と、言ってやりたかったが、さすがに、言えなかった…
さすがに、このタイミングで、言えなかった…
なにより、今は、ユリコの悪口を言う場面ではない…
それより、なぜ、今、ユリコが、私に電話をかけてきたのか?
それを、知るのが、大事…
大事だ…
私は、思った…
私は、考えた…
だから、ホントは、
「…ユリコさん…今夜は、どうして、電話を、くれたんですか?…」
と、聞きたかったが、聞けなかった…
っていうか…
そもそも、こちらから、わざわざ、訊ねずとも、きっと、ユリコから、切り出す…
それが、わかっていた…
それが、わかっているから、あえて、聞かなかった…
そういうことだ(笑)…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…あの長井のお嬢ちゃん…五井長井家のお嬢ちゃんの五井本家への恨みは、ハンパじゃなかった…」
と、ユリコが、言い出した…
私は、内心、
…エッ?…
と、思った…
話が、そこへ、行くのか?
と、思った…
「…当然よね…五井長井家は、家計は、火の車…あのお嬢ちゃん、まだ、子供だから、五井本家に頼めば、簡単に、救って、もらえると、勘違いしていた…」
…エッ?ッ…
…勘違い?…
…なにが、勘違いなんだろ?…
「…五井は、基本、独立採算制…会社が、事業部制で、各自、独立しているのと、同じ…」
「…エッ?…」
思わず、声に出した…
「…要するに、同じ五井の旗の下で、商売していても、各一族は、バラバラ…例えて、言えば、兄弟姉妹が、大人になって、それぞれ、結婚して、別の家庭を持っているのと、同じ…」
「…」
「…要するに、兄でも、弟でも、別々の家計になる…ただ、元の名字が、同じだけ…血がつながっているだけ…」
「…」
「…五井は、五井家として、五井グループ内の大きな会社は、基本、五井の持ち株会社が、管理していて、その持ち株会社の株を、五井一族が、一族の序列に従って、持っている…でも、それ以外は、自由…各分家が、自由に会社を作って、商売している…」
「…」
「…だから、基本、他の分家が、なにをしようと、その他の分家は、口を出さないし、金も出さない…おそらく、その原則をあの、長井のお嬢ちゃんは、理解していなかったんだと思う…」
意外なことを、言った…
実に、意外なことを、言った…
<続く>
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