伸明 43

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  私は仰天した…  ユリコの言葉に仰天した…  なぜ、私が、伸明のお気に入りだから、和子に気をつけなければ、ならないのか?  わけがわからなかったからだ…  だから、  「…どうしてですか?…」  と、聞いた…  「…どうして、私が、伸明さんのお気に入りだから、目をつけられているんですか?…」  と、聞いた…  すると、  「…答えは、簡単…」  と、ユリコが、言った…  「…簡単…」  「…そう、簡単…答えは、あの五井の女帝は、あの伸明を寿さんと、結婚させたくないからよ…」  「…エッ?…」  思わず声に出した…  だって、そうだろう…  あの和子は、私と伸明の結婚を後押しする言葉をかけた…  いわば、私の味方…  にもかかわらず、このユリコは、真逆…  真逆=敵のように、言うからだ…  私が、考えていると、  「…だって、寿さん、考えてみて…」  と、ユリコが、言ってきた…  「…なにを、考えるんですか?…」  「…天下に知られた五井の御曹司が、どこの馬の骨とも、わからない女と結婚したら、五井の恥よ…世間の笑いものよ…」  ユリコが、言う…  「…まさか、五井の恥を天下に晒すわけには、いかないでしょ?…」  言われてみれば、その通り…  ぐうの音も出なかった…  まさに、その通りだからだ…  それに、気づかない私は、バカ…  大バカだった…  表面上は、ともかく、和子が、認めるわけがない…  私を伸明の嫁として、認めるわけはない…  なにしろ、あれほど、五井の序列を気にする和子だ…  序列が、変われば、五井が、崩壊しかねない…  そんな危惧を抱く和子が、私と伸明の結婚を認めるわけはない…  そんなことを、すれば、それが、引き金になり、最悪、五井が、崩壊しかねない…  五井が、バラバラになりかねないからだ…  五井は、五井の一族との結婚が、決まり…  決まり=原則だ…  その原則を、当主自らが、破るわけには、いかない…  その掟を破るわけには、いかない…  そんなことをすれば、それが、前例になり、次々と、五井の掟が、破られかねない…  そして、その結果、五井の結束が、弱まり、最悪バラバラになる…  それを、和子は、恐れている…  異常なくらい、恐れている…  そして、そんなに恐れている和子が、私と伸明の結婚を認めるわけはない…  絶対にない!  あらためて、思った…  あらためて、考えた…  しかしながら、そんなことも、気づかないとは?…  今、このユリコに指摘されるまで、気づかないとは?…  我ながら、愚かという言葉では、言い表せない…  それほど、愚かだと、思った…  それほど、愚か=バカだと、気づいた…  そして、私が、そんなことを、考えていると、  「…ようやく、寿さんも、自分の立場が、わかったようね…」  と、電話の向こう側から、ユリコが、楽しそうに笑った…  実に、楽しそうに、笑った…  が、  当たり前だが、私は、全然、楽しくない…  むしろ、不愉快だった…  私は、騙されていた…  あの和子に騙されていた…  それに、気づいたから、不愉快だった…  いや、  必ずしも、ユリコの言葉が、本当か、どうかは、わからない…  真実か、どうかは、わからない…  が、  普通に、考えれば、真実…  ユリコの言うことが、正しい…  そう、思う…  が、  その一方で、それは、本当か?  ユリコが、ウソを言っているのではないか?  ユリコが、私を騙さそうとしているのではないか?  そういう気持ちもある…  正直、ある…  が、  しかしながら、ユリコの言葉には、説得力がある…  なにより、説得力がある…  それは、否定できない…  また、こんなとき、思うのは、  …自分は、特別…    …自分は、例外…  と、思うこと…  それが、危険…  なにより、危険だ…  誰でも、そうだが、自分の評価は、他人が、自分を評価する、数倍は、高い(苦笑)…  もちろん、この私も例外ではない…  この寿綾乃も、例外ではない…  一番、よくわかる例は、リストラ…  会社で、早期退職=リストラが、実施され、誰もが、アイツは、切られても、仕方がないと、思っていても、それに該当する当人は、  …なんで、オレが?…  …ウソだろ?…  と、内心、ビックリしている者も、多い…  自分の実力と、周囲の評価が、まるで、違うからだ…  もっと、身近な例で言えば、モテ具合…  例えば、会社で、モテる女がいるとする…  が、  巷(ちまた)では、それほど、モテる女ではない…  美人でも、かわいくもない…  ただ、若いだけ…  では、どうして、会社では、モテるのか?  それは、女が少ないから…  男に、比べて、圧倒的に女が少ないから、若い女なら、おおげさに言えば、誰でも、モテる…  例えば、男と女の割合が、九対一…  いや、八対一と、言った割合…  だから、誰でも、チヤホヤされる…  誰でも、モテる…  だから、誤解する…  誰もが、勘違いする…  自分のモテ具合を、勘違いする…  本当は、私そんなモテない…  この職場は、女が少ないから、私でも、チヤホヤされるんだ…  と、内心、わかっている女でも、大抵は、自分のモテ具合を、誤解する…  チヤホヤされるから、誤解する…  自分を、他人が、評価する、2倍や3倍は、モテると、誤解する…  そういうものだ(笑)…  そして、それは、私も同じ…  私、寿綾乃も、同じだ…  なにが、同じなのか?  それは、自分は、特別…  特別だから、伸明のお嫁さんになれるかも、しれない…  五井家当主の妻になれるかも、しれない…  と、本気で、思い込む…  それが、間違いなのに、まったく、気づかない…  だから、同じ…  同じだ…  あらためて、思った…  あらためて、気づいた…  そして、私が、そんなことを、思っていると、  「…だから、気をつけなさいと、言いたいわけ…」  ユリコが、電話の向こう側から、力を込めて、言う…  私は、ユリコの言葉に、納得した…  全力で、同意した…  そして、考えた…  このユリコ…  どうして、私に、連絡を寄こしたんだろ?  なにしろ、犬猿の仲だ…  ホントは、顔を見たくない仲だ…  私は、このユリコから、夫のナオキも、息子のジャン君も奪った女だ…  だから、憎んでも、憎み足りない…  それほど、私を憎んでいる…  あるいは、忌み嫌っている…  にも、かかわらず、私に電話してきた…  こんな夜中にも、かかわらず、電話をしてきた…  これは、一体、どうして?  これは、一体なぜ?  わからない…  いくら、考えても、わからない…  だから、なぜ?  どうして、私にこんな時間に電話をかけてきたのか?  聞こうとすると、先に、電話の向こう側から、  「…私、やりすぎちゃったのね…」  と、またも、ユリコの声が漏れ聞こえてきた…  「…あの五井長井家のお嬢様と、菊池リン…彼女をバッティングさせ、あることないこと、吹き込んだ…」  「…エッ?…」  あまりにも、意外…  いや、  意外ではない…  やはりというか…  やはり、ユリコが、絡んでいたのか?  今さらながら、気付いた…  「…そして、それも、また、あの五井の女帝の知るところとなった…当然、女帝は、激怒するわね…」  「…」  「…だから、私は、やばい…実に、やばい立場…」  ユリコが、自嘲気味に、言う…  私は、  …それは、当たり前だ…  …自業自得だ…  と、言ってやりたかったが、さすがに、言えなかった…  さすがに、このタイミングで、言えなかった…  なにより、今は、ユリコの悪口を言う場面ではない…  それより、なぜ、今、ユリコが、私に電話をかけてきたのか?  それを、知るのが、大事…  大事だ…  私は、思った…  私は、考えた…  だから、ホントは、  「…ユリコさん…今夜は、どうして、電話を、くれたんですか?…」  と、聞きたかったが、聞けなかった…  っていうか…  そもそも、こちらから、わざわざ、訊ねずとも、きっと、ユリコから、切り出す…  それが、わかっていた…  それが、わかっているから、あえて、聞かなかった…  そういうことだ(笑)…  そして、私が、そんなことを、考えていると、  「…あの長井のお嬢ちゃん…五井長井家のお嬢ちゃんの五井本家への恨みは、ハンパじゃなかった…」  と、ユリコが、言い出した…  私は、内心、  …エッ?…  と、思った…  話が、そこへ、行くのか?  と、思った…  「…当然よね…五井長井家は、家計は、火の車…あのお嬢ちゃん、まだ、子供だから、五井本家に頼めば、簡単に、救って、もらえると、勘違いしていた…」  …エッ?ッ…  …勘違い?…  …なにが、勘違いなんだろ?…  「…五井は、基本、独立採算制…会社が、事業部制で、各自、独立しているのと、同じ…」  「…エッ?…」  思わず、声に出した…  「…要するに、同じ五井の旗の下で、商売していても、各一族は、バラバラ…例えて、言えば、兄弟姉妹が、大人になって、それぞれ、結婚して、別の家庭を持っているのと、同じ…」  「…」  「…要するに、兄でも、弟でも、別々の家計になる…ただ、元の名字が、同じだけ…血がつながっているだけ…」  「…」  「…五井は、五井家として、五井グループ内の大きな会社は、基本、五井の持ち株会社が、管理していて、その持ち株会社の株を、五井一族が、一族の序列に従って、持っている…でも、それ以外は、自由…各分家が、自由に会社を作って、商売している…」  「…」  「…だから、基本、他の分家が、なにをしようと、その他の分家は、口を出さないし、金も出さない…おそらく、その原則をあの、長井のお嬢ちゃんは、理解していなかったんだと思う…」  意外なことを、言った…  実に、意外なことを、言った…                <続く>
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