海の向こうには…

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海の向こうには…

 本当に、ある日の事だった。 「メッセージ…ボトルを、高校の夏休み最終日に流したい?」  内心。  スローライフ系ゲームで、砂浜に流れ着くメッセージボトルが、思い浮かんだ。  永は、苦笑って振り返る。  病院の消毒臭いのが嫌いと言って俺が来ると連絡すると、病院の敷地内の内周に連れ出せと車椅子に自ら乗り込んでくる。  俺が、決まって来れるのは土日。  仲間も、大学生にもなると就活やらバイトやらで、毎日しんどいと口にするが…  就職組の方が、毎日キツイっての… それでも、男女関係なく。 永のお見舞いは、別だ! と言ってやってくる。  その永自身は、長期入退院のために、2度留年をしていて高校には、1年半しか通ってない。  おばさんから聴いたけど、休学扱い方だとか。  本人は、高校を自主退学して退院後に定時制高校や他の方法で、高卒認定を、取りたいと口にしているらしい。  永は、体が弱いだけで学力は高い。  体さえ何ともなければ、コイツは大学とか専門校にでも言っていたんだろな…  「幾瀬は最近、仕事どうなの?」  「まぁ…まぁ?」  「えっ…何で、疑問系?」  俺は、昔から勉強は苦手だったし。  大学や専門校まで行って、なりたいものはないと、手っ取り早く町中の飲食店でバイトを始めたが、性に合っていたのか…  入れ替り激しいバイトのホールスタッフの中でも、中堅と化して正式に社員として雇ってもらえる事になった…  「幾瀬は、見た目チャラいけど、根は真面目なヤツだから」  夏に似た風が、吹き付ける。  その風に混じって永は、呟く。  「…手術?」   永の手術は、これで3回目。  小学校から今までの間に長期の入退院を、3回繰り返していている。  「この手術が成功したら。まぁ…普段の生活に差し支えない程度になるって、無理をしなきゃ普通に、生けていけるんだよ」  生まれつき心臓の弁が、上手く動いてないせいで、心臓に負担が掛かる運動は禁物。  普段の移動手段は、車椅子。  「…で、手術…いつ?」  「来週?」  何で、それこそ疑問系?  「…来週だよ…」  聞いてない。  「平気か?」  「そりゃ…怖いよ。心臓の手術って、体は機械で生かされてて…心臓は、止まってる状態でするんだもの…」  おばさん達から、聞いたことがある。  「手術が、終わって…機械を通さなくても、ちゃんと心臓が動いて目が覚めるまでの事を考えると、怖いよ」  「…だよな…」ぐらいな事しか言えない。  気の利いた言葉は、無い。  出てくるわけがない。  「…ねぇ…聴かないの?」  「何を?」俺は、はぐらかすように答えた。  「…手術が、終わって…目が覚めたら何が、見たいとか?」  物悲しい顔を見ると、ギュッと胸が締め付けられる。  「…何が、見たい?」  そんな問いに永は、ジッと俺を見上げてきた。  「皆の顔とか?」  「皆?」  「目が覚めた俺を、皆して泣きながら見下ろしてる感じ?」  「泣いてそうだな…おばさんと、おじさん。号泣してそう」  「あっ…やっぱりそう思うよな? で、退院したら。幾瀬のお母さん達とか、後…皆…友達に会いたい」  改まった顔してヤツは、言った。  「皆、顔出ししてるってグループのメッセージに流れてきてるけど?」  「来てくれてるよ。だから。今度は、俺が会いに行きたい」  重みが加わった言葉は、行き場をなくしたように、その場に漂う。  「…退院したら。皆して、どっか行くか? それこそ海とか…」  「海には勿論。皆でも行きたい。でも、幾瀬とも一緒に行きたい」  「なんじゃそら?」  真剣な目して、見上げてくるものだから。  俺は、慌てた。  「分かってるクセに…」  「…ハイ。ハイ。そうだよ!」  クシャクシャと、永の頭を撫でる。  別に…  好きだとか、言われたわけじゃなし。  俺からも、そう言った事はない。  ただお互いに、相手の言いたい事や考えてるいる事が、何となく分かってた。  その分。  居心地が、良かったんだ。  まぁ…周りからは、どっちなんだよって、よく言われたけど。  そんなんで…  俺と海に行きたいとか、言われたとき。  正直、何言ってんだ。コイツ? とは思わなかった。  「後は、そうだなぁ…退院祝いが欲しい」  「厳禁だなぁ」  「どん欲になろうと思って。早く退院してリハビリ頑張って、歩けるようになったら自分で海に行く。泳ぐのは無理だけど、それでも、海に行きたい。連れてって…くれるだけでいいから。お願い…」  断る気は、更々なくて…  うん。とだけ頷いた。  俺は、普段通りに立ち振る舞えているのか?  不安で仕方がないけど、その不安は、見せてはダメと自分に誓った。  「で? ドコにそのボトルが、出てくるんだ?」  永は、ゴソゴソと上着から手の平よりも大きめなコルク栓の付いた小瓶を取り出した。  透明な瓶の中には、既に便せんよりも小さな紙が、何重にも折り込まれて状態で、入れられていた。  「流すの?」  小瓶を手の平に転がして、永は寂しげな目をした。  「…どうしようかなぁ…って、考えてるとこ…」  「そっか」  「ねぇ。幾瀬さぁ…コレ預かってて、俺が退院するまで、それまでに海に流すか…どうするか、決めるから」  「うん…」  「それに、これから手術とかになると部屋の移動とかあるし…失くなったら嫌だし…」  押し付けられるようにボトルを、預かった。  約3ヶ月後、高校の夏休み最終日。  2人で海に行く。  そんな事が、勝手に決められた。  「俺の意見は、無視かよ?」  「だから。退院祝い。絶対頑張るから」  見るからに顔色悪くて、辛いのに何言ってんだか…  永が、緊急入院したのは、今年の春先。  まだ吐く息が、白くなる頃だった。 高校を卒業してから実家を離れ一人暮らしをしながら。  飲食店で、ホールスタッフとして仕事をしていた俺は、実家や親友達からの連絡に昼休憩まで気付かなかった。  その後は、無理言って早退して病院に駆け付けた。  …が、  永本人は、意外にケッロッとしていて拍子抜け。  変な汗が出た。  元々、ガキの頃から入退院を繰り返して、今回は体の事を考慮しての長期の入院となっている。  俺と永は、またま家が近くで、これまた同じクラスになる率が高い遊び友達だった。  高校こそ別になったが、同じ路線だったこともあり。  よく行き帰り一緒になった。  「…永が、幼馴染みで…良かった」  幼馴染み…  「そうだな」  「ねぇ。もう少し早く移動出来ない?」  ブーブー文句、言ってんじゃねぇーよ。  「看護師さん達から。あんまり振動させないようにって、言われてんだよ!」  「真面目か…」  「もうそろそろ。病室戻る時間な!」  「えぇーっ」  そんな遣り取りは、いつもの事で…  当たり前って、言うか…  何って、言うか…  限り無く焦りを感じて、  不安が、ずっとあって…  消えもしなくて…  常に。  いつかは、って…  言葉が浮かんでは、掻き消すのに必至だった。  本当は、知ってた。  思ったように、体力が回復せず。  1年以上手術の日にちが、延期になっている事…  例え手術をしても、長くは生きられない事。  「言えるわけ…ねぇーじゃん…な」  俺は、アイツの遺影を見上げた。  永の容態が急変したのは、あれから1週間後の真夜中だった。  俺や他に連絡が、回った友人達と駆け付けた時、病室やその通路には中学まで、一緒だったクラス連中が居た。  全員ってまではいかないけど、駆け付けられる距離に居る大半が集まってた。  いつもの仲間達の姿があった。  呆然としたり。  肩を、振るわせていたり。  泣きじゃくっていたり。  ホント。  人懐こいヤツだったからなぁ…  永の親族達と、代わる代わる病室を覗いた。  思い思いに、耳元で話し掛けたり。  手を握った合った。  その手は、普通に温かくて…  にわかには信じられなかった。    「良かったね。皆、来てくれたのよ…」  微かに震えるおばさんの声が、病室に響く。  お前が、想像してた光景は、これだったのか?  違うだろ?  違うって、笑って言って…欲しい。  俺が、こんな所で…  どう足掻こうが、どう思おうが、何も変わらない。  多分。  限界なんだと思う。  心臓も、  永自身も…  知ってたのかなぁ…  こうなるって、分かってて…  海に行きたいなんって、  無理な願い事を、言ってきたのか?  アイツが、居なくなった日の昼。  俺は、1人海にやって来た。  約束は、もう少し先で。  退院してからの話だったけど。  アイツが、病院から家に帰ってきたと近所に住んでる母親が、少し前に連絡をよこした。  何って言うか、  居ないんだって、言葉では分かってる。  ただ。寝てるだけじゃなくて…  ずっとこの先どうやっても、目は覚めないってのも、分かってる。  疲れ果てた心臓も、二度と動かない事も…  それなのにアイツが、いつもみたいに側に居る気がしているのは、多分。  信じたくないから。  いつもみたいに、家に行けば…  病室に顔を出せば、そこに居る気がして…  防波堤の上に登った。  海は、青くて  空も、青い。  いつも一緒になって、見てた光景。  取り残されたのは、俺か…  それとも、アイツの方か、  海側に足を出して、防波堤の上に座り込んだ。  俺の手には、預かったメッセージボトル。  ナゼか、何が書かれているのか、読んでもないのに分かってて…  心の中で、アイツに断り。  ボトルの栓を開けた。  何とか取り出した紙には、同じ想いが、アイツなりの言葉で綴られていた。  直接、言わなきゃならなかった言葉。  直接、聞かなきゃならなかった声が、いつの間にかに、涙に変わってた。  溢れ落ちる涙に潮風が、吹き流れる。  もっと早くに、受け取れば良かったと、後悔したところで何も変わらない。  いや…  もう少し近くに居られたかも、知れない。  後から答えを出したり。  勝手に解釈したり。  残された側は、そうやって今を、生きていくしか出来ないと悟った。  これからだって、今日の事を何度も思い出すだろう。  その声も、あの姿も…  もう一度、出会えた時に…  何って言葉が、本当にあるのか俺には、分からなかったから。  葬儀の日、  最後の別れ際。  棺の蓋が、閉じられる前。  切り花を添える時に俺は、小さな花と小さく折り込んだ手紙を胸の中央に組まれた手に軽く握らせて別れた。  斎場からの帰り道、友人達に囲まれた俺は、あれは何だと? 訪ねられまくった。  「寄せ書きは、したじゃない?」  「あっ! 寄せ書きには書けない事とかじゃねぇだろうな?w」  何とでも、言えよ。  「…もしかして…ラブレター的な? なんちゃって♪」  言った本人も、周りも固まった。  「えっと…」  「鋭いな」  「えっ…マジ?」  ヤバい。  場が、混乱してる。  「それより。アイツ…皆と海に行きたがってたから。これから行かね?」  「だな。ここから近いし行くか!」 それから毎年のように。  アイツの命日は、墓参りに行って海に行くが、俺たちの中では通例となった。  あれから10年も経つと、中には結婚したって言うヤツや、子供連れや仲間内で、付き合い始めたと言うヤツらが居たりと、随分賑やかになってきた。  俺は、相変わらずで…  ホールスタッフのチーフにまで、なってしまった。  10年は、決して短くはない。  長くもない。  でもやっと、10年前を振り返られるようになってきた…  永の葬儀後、皆で海を眺めに来てから約3ヶ月後の夕方。  俺は、1人改めて海に来ていた。  託されたメッセージボトルを、携えて。  ボトルの中には、今日の日付だけを書いた紙だけを入れた。  そんな俺は、防波堤に登り力一杯。  そのボトルを、海に向かって投げ入れた。  本物の中身は、俺が持っていて…  その返事は、もうアイツが持って行ってくれたら。  中身は、あの日約束した日付だけで十分だ。 終わり。
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