野池でバス

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野池でバス

 警察庁祓魔課の訪中 消えた小鳥遊大山鳴動編新装版  9月から10月にかけては、日本列島は台風シーズンで、野池の活性はそこそこ高そうな朝の景色だった。 「どうだ正男。朝4時の野池は」  そこそこの面積の野池に、クルーザーがプカプカ浮かんでいた。 「正男じゃねえ鬼哭啾啾先生って呼べ!ああそれと、悪くはねえんじゃねえか?こんな池にクルーザー出しやがってお前は」  人化オーガの音楽クリエイター、鬼哭啾啾は言った。  勘解由小路(こいつ)とバス。懐かしい光景だった。  実際、小学校時代、こいつとよくバスやってたな。  霞ヶ浦でクルーザーとか、八郎潟でボートとか、野池でフローターとか。ガキの遊びにしちゃ、えらい金がかかっていた記憶があった。 「琵琶湖でカヤックもやったな?まあまだ体が元気だったもんでな?もうカヤックは永遠にやれんが」  そうだ。こいつ今、絶賛障害者だもんな。  いつものように椅子にふんぞり返ってるから、一瞬忘れかけていた。  椅子の横に、杖が立てかけられている。 「まあいいよ。お前はムカつく嫌な野郎だが、遊び相手としちゃ超一級だ。相変わらず金の使い方おかしくねえか?」 「楽しいのが、何より優先されるもんだ。真っ当な休みだし、これで沼面を斬獲してやろう。正男、俺の携帯どこ行ったっけ?」 「デッキのテーブルに置いてあるじゃねえか馬鹿。これか?って、何で俺の指紋登録してんの?」 「ほぼフリーパスになってる。プライバシーは電霊の茉莉(まつり)が鉄壁だし。クルーザーのスピーカーとブルートゥースで繋がってる。チェアの背もたれから立体的に聴こえるぞ?」  茉莉?鉄壁?まあいいや。 「俺がDJやんのか?CDレコ凄え容量だがよ。これ何だっけ?」  ノイズめいた混沌としたサウンドが、背もたれから聞こえてきた。 「フェイスリフトだこれは。オリジナルじゃない奴で。ああBBCの紫の奴だった。トップ・ギアバージョンな?」 「電化ジャズじゃねえか!こんなん1回しか聴いてねえぞ?!」 「なのに完コピしているお前の気味悪さだ」  正男は、絶対音記憶の持ち主だった。  1度聞いた音は、生涯忘れない。 「あああ。お前小学生の頃からジャズばっかだったな?ガキのくせにウォークマンなんかで聴いてるから、何聴いてんだ?って思ったら、ホッパー・ディーン・ティペット・ガリバンのクルエルバットフェアーなんか聴いてやがったな?気味の悪さじゃどっこいじゃねえか。まあ、俺はその頃セダカとか聴いてたよ。お袋が買ってくれたレコードで。ゼータ見てたまげた」  勘解由小路は、当時からジャズ一辺倒だったが、正男はアメリカンポップスやブルースなどを聴いていた。 「ちょうどいい。セダカのバッドアンドビューティフルかけるか。どう聴いてもゲイっぽい曲だが。まあそういう時代なんだろう。フレディ的な」 「朝4時に野郎2人でどう言い訳する!いいやウェザーかけるか」 「あああ。アンビエントじみた導入いいなあ。うっかり屁えこいたみたいなショーターのサックスがパプって言ってるし。その辺進んでいくなら、ハンコックもあるぞ?セクスタントとか。ってああ、正男またトップか」  バスは手数だ。と言いたそうな正男が投げたのは、ボディーの細いポッパーだった。しかも、リアボディーに、フローターめいたパーツが繋がっている。 「ハンコックは、個人的にあんまりな。セクスタントのポリリズムはまだいいが、ロックイットが死ぬほど嫌いだ俺は」 「あん?それ、ポッパーなんじゃないか?ノイジーめいて動いてるぞ」 「クールのレッドテイルの隠れたアクションだ。ただ巻きすると、細いボディーが気泡を生みながら、ガシャガシャ動くんだ。サイズが選べんのが難点でな?コバチだ。22センチってとこか」 「ハンプバックミュールは投げんのか。ただサーフェイスからサブサーフェイスの活性がいいなら、三田村さん、マグナムヘッドプラグ結んでくれ」 「チョイスおかしいだろうが。マグナムヘッドプラグなんか、いつ買った奴だ?」  ヘドンのマグナムヘッドプラグ。今じゃ高すぎて買えん。  実は、正男は小金が入ったので、オークションを゙探して、コッソリゲットしていた。  マグナムケイズのヘッドプラグのクローン、ラスベガスを゙。 「買ったのはまあ、80年代後半だから、マンズのフロッグマンもハードワームもあるぞ?よし!行けメガフォックスツー!」  全部高えよ。フロッグマンもハードワームも。  ウィーンというモーター音を上げて、マグナムヘッドプラグが水面を切り裂いていった。 「どうだ?!ワンハンドでキャストに取り込みまで可能な電動リールだ!ルアーの交換だけはお願い」  まあ、こいつの体で、バスは難しいと思ったんだ。  それを加味しての、ボートバシングなのか。 「今日は、ボックスの底まで総動員してきたんだ。先日、実に20年以上ぶりにタックルベリー行ったら、ガキの頃吊るしで500円もしなかった210とかが、8000円で売られてて、今浦島な気分になった。ベイジングスパローの穴開きペラまで消えてた。こうして持ってきてるが」 「19年に羽鳥さんが死んで、そろそろ3年か」 「うーん。2022年だからな?今」 「そりゃともかく、まあ、ハトルアーじゃあ俺等の世代あるあるだな。よし!さっき1本上がったから、トップで縛るか?ってああ、マンズのフォローミー買ってきたんだが。ところで、誰か知ってるんだよな?サウスベンドのニップはスリーフッカーだが、エバンス時代に同じサイズでツーフッカー出してたりすんの」 「あん?まあここには、俺たちしかいないが、まあ知ってるだろう。お、ウォーキンディディ発見」 「あれか?リアにシンカー付いてんだよな?俺はプラのインナーハンド出てきた」  テーブルに、懐かしのルアーを並べ始めたおっさん達の姿があった。  しばし、ビンテージルアー自慢会が続き、 「よし!出てきたぞ!じゃーん!ヘドンのウィグルキングな?!ガキの頃既にビンテージだった!」 「くっそう!あれか?!ハネクラのウォーターキングじゃ駄目か?逆に売ってねえしこれ」  平和な、アホなおっさん達の姿があった。  なあ、正男。  あん?  お互い、静かにルアーを投げていた。 「お前、最近忙しいんじゃないのか?」  まあな?正男はそう応えた。 「お陰でアルバム出たしよ。祓魔課とコネまで出来ちまった。まあ、ようやくなあ?」  芽が出たのが42歳か。下積み長かったな。 「ぷいきゃーとも絡んでるぞ?重鎮ぶん殴って干された俺が言うのも何だが、お前んとこの莉里(リリ)見てるとな?ああやっぱお前の娘だなあって思うぜ?」  カションカション。ビッグバドのノイジーサウンドだけが響いている。  回収してまた投げた。クルーザーバシングの利点、シャロー打ちが最も楽しい時間だった。 「ただよ?空気読まないのまで遺伝すんのか?芸歴40年以上の重鎮が、わざわざ会いに来てくれたのに、「誰だ?お前」ははねえだろう。フォロー大変だったぜ?」 「まあなあ。莉里にはのんびり、おおらかに育って欲しいんだがなあ」  オシベメシベ覚えちゃってから、極めて厄介な幼児になってしまっていた。  勘解由小路の、サムグリフィンのフロリダシャッドの、のんびりしたスイッシュ音がする。  ガバってきて、勘解由小路が釣り上げた。  サムグリフィンなんか、投げてる奴見たことねえよ。  宮城って、バスの地獄みてえな修行場ですらいねえし。  ビッグバドやめて、俺はレリックルアーでも投げるかあ。  まあルパンスイッシャーなんだけどよ?カバーにぶち込んで、首でも振らすかあ。  正男が、ルアーを結び直していると、勘解由小路が妙な声を上げた。 「あん?正男、あれを見ろ」  はあ?シャローエリアが一時途切れ、いきなり急峻な崖のエリアに差し掛かっていた。 「ほら、崖の補強にコンクリ流し込んでるだろ?その亀裂だ。インレットになってるな?」 「ああん。あれか。地下水が、あそこからここに注いでるんだろう。コンクリが流れて、トンネルみたいになってんな?」 「ああ。で、あそこに入れたか?」 「お前、こっから何メートルあるんだ。昔から、ああいうポイント見付けて、抜け駆けすんのがお前だった」  クルーザーからそこまで、軽く40メートルを超えていた。 「だったら、船近付けりゃあいいじゃねえか」  うん?そこで、正男が気付いた。 「昨日、ゲリ豪でも降ったか?えらい冷てえ水が流れ込んでんな?」 「ゲリ豪って、ゲリラ豪雨な?山から地下水経由で注ぐ冷水。山の霊気は地下から沁みるものだ。豊富な酸素、清水。条件は揃ってるな?」 「今更、お前と霊気的な話題やめろ。1年の時、お前とカグで、川に引き込まれかけたじゃねえか」 「ああカグな?あいつ元気かな?」  カグって、小学校1年の時同じクラスだった、御神楽寿一(みかぐらじゅいち)のことだった。  カグの話題出したの俺だったが、変に食いついてきたなこいつ。  30すぎた頃、カグとは再会して仕事はしたのだが、そのことを、あえてこいつに言う必要性を認めなかった。 「さあなあ?」 「じゃあ、投げてみよう」 「だから何で?」  ポイントが遠ければ近付けばいい。それがボートバシングの強みの1つだった。  今回、まあこうなるだろうと思い、正男はロングロッドを持ち込んでいなかった。  ロッドの話する気はあまりないのだが、正男の予備ロッドの中には、スミスのテラミスという、ロンググリップの7フィートロッドもあった。  ボートのカバー打ちで、ロングロッド振り回すと、大抵折れるのだ。ティップがポッキリ。  ことバシングで、もう勘解由小路に笑われたくはなかった。 「じゃあ三田村さん。これ付けてくれ」 「ウォーターランドじゃねえか。ジムの。ジムもうバスやってねえぞ?」  逃げちまったよ。ジムはとっくに。バスから。 「うん。まあ距離は距離であるからなあ。ジムのバトルダブルスイッシャーだ。それも小さい方な?長距離狙撃といえば、バス界じゃバイブがあるが、スミスのハスティ以下、空気抵抗受けて思ったほど飛ばない。メタルバイブなんか、そもそも持ってきてない。バトルダブルスイッシャーは、アルミボディのけったいなルアーだ。こいつはライフル並みの飛距離を誇る。メガバスのポップMAXじゃ、インレットの縁に当たっただけで割れて死ぬ。こいつは、アルミボディで当たったくらいで壊れはせん。こいつでインレットを斬獲だ。正男ー。曲かけようぜー?あれだ。お母さんですって曲で」 「スタンダップトゥーザヴィクトリーじゃねえか!壮大なOP詐欺だぞ?!」  あの曲で始まり、蓋開けたらコックピットだけサーベルで焼かれたり、ギロチン出たりで散々なアニメだったな。  ところで、大きく振りかぶったロッドは、しなりを上げてルアーをそのポイントに向けて運んだ。  よし!とかイエア!とかおっさん達は声を上げたが、実際誰にも理解されない世界だった。 「山人が頑張った甲斐があったな!」  残念なことに、それはあり得なかった。 「やっぱりアルミの強さだな!しかも、結構深いぞ?」  着水で、ジャークした途端、勘解由小路はクルーザーの縁に右足をかけた。 「ああ!三田村さん済まん!」  ああ、転倒防止にベルト巻いてるのか。でも、それがなきゃドボン。だったが、船の上で苦しそうにしている。 「何だ?こりゃあ。うおおお!リールが空転してる!あれか?!旅人は歩いてくだけか?!こりゃあ、ランディング出来んぞ!三田村――いや、あいつがいた!影山さん!」  あん?誰だ?  だが、岸にドボンと音を立て、恐ろしい速度で、けったいなS字の航跡が水に描かれていた。  機雷でも爆発したような衝撃があって、ついで、赤黒い光を湛えた塊が、ビュンと飛んでいった。 「ほう。アルコル呼んだな?ただの魚じゃないな?」  な、何が何だか。  水面が、更に爆発して、巨大な何かを投げ込んだ男が、諸共クルーザーに着挺していた。  体長5メートルをゆうに超える、巨大すぎる魚類だった。  トドメに、男が右手に持ったハンマーを振り下ろし、頭部を破壊した。 「正男。紹介する。最近拾った家族で、影山さんだ」 「影山だ。そういえば、主よ」  突然、ずぶ濡れの影山さんは妙なことを言った。 「主とお客人は、音楽談義をしていたのだが、俺は、ベートーヴェンの月光が気になっている。特に第三楽章など、どういう精神構造で作ったのだろうな?と思っていた」  まあ、真面目な奴だな、とは思った。  まあ普通、話題が他のテーマに行った段階で、発言のチャンスがなければ、それは日の目を見ることはないだろうに。  解ってなくて、1人で考えてたんだな?  馬鹿とは思うが、普通にいい子だこいつ。 「月光て。あれだゲーやんべーやんの逸話知らんのか?要するにそういう精神構造だ」  ある日、ゲーやんとべーやんが森を散歩していた。  そこで、ゲーやんはオーストリアの女王を発見した。  慌てて腰を折ったゲーやんに対し、べーやんはおい!何ペコペコしてんだゲーやん!つったが、ゲーやんは平服し続けた。  べーやん見て、女王は礼儀正しく頭を下げて、べーやんはふんぞり返っていた  っていうまあ逸話なんだが。  ゲーテとベートーヴェンて、仲よかったのに、それがきっかけで仲違いしたんだよな? 「この世で、1番出来がいいと思ってるって精神構造だ。ああ。こいつは、確か人魚(レンイー)の類いだ。他に釣行者がいなかった理由も解った。食われていたんだな」  腹には、食われたらしい人間の、暗い顔が浮かび上がっていた。  確かに、野池でクルーザーはおかしかった。フローターが普通にして最適解だとは思った。  フローターは、ゴム製の輪に座って釣りをする、そういうものだった。  浮き輪の浮力に、ウェーダーの足に付けたフィンの推進力で、ゆっくり移動する。  これでは、食ってくれといっているようなもんだ。 「お前の歩くところ、バケモンが出るのか。キック力増強シューズとか、持ってねえか?」 「アポトキシンも持ってないんだが。ああそういえば、この前ドイツの城に行ったんだが、小鳥遊もいたはずだ。あれ?あいつどこいった?」  勘解由小路は、ぼんやり視線を漂わせていた。 「よし。じゃあ正男、俺と中国行くぞ?」 「お前と中国って、嫌でしょうがねえが」 「影山さん、こいつは何だと思う?」 「中国の仙道の匂いがする。母の許可を得たら、同行しよう」 「で?今度は誰相手に暴れるんだ?」  うん。そうだな。  気付くと、魚の姿が消え、1枚の札が残されていた。 「多分、仙道の連中だな?崑崙山を斬獲しようか」  札を踏みにじって、勘解由小路はそう言った。
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