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星野佐和の場合① <レイ>
星野佐和と初めて会ったのは、友達に誘われて” RENKARE ”<レンタル彼氏の店名>に面接に行った時だった。
案内された狭い応接室 兼事務所は、対のソファが部屋の大半を占領している。僕らはそのソファに座りながら面接を受けている。
奥にある部屋に行く人が脇を通り抜けるのにもギリギリで、誰かが行き来するたびにハラハラさせられる。
何故なら隣接の机に高く積まれた書類が、ちょっとでも触れるといっきに崩れるようで気になって仕方がない。通る人はそのことを承知しているのか体を傾けて器用にすり抜ける。
そんな様子に気を取られているうちに採用要件などの説明が終わっていた。
面談はいいも悪いもなく即決で採用が決まった。
この手の商売は顔面が命! 一にも二にも顔が勝負で商品価値は顔で決まると言っても過言ではないと説明された。諸条件などの内容は上の空だったが、友達に促されて承諾書にサインをしてしまった。
紹介料の名目で現金が手に入るので友達もサポートに懸命だ。承諾書は後に見返しても、やたらと長くて読む気にならなかったので結果オーライだが、契約期間が3年というところが引っかかった。
いま、大学2年なので普通に卒業すれば半年は此処で働くことになる。生家が旅館を経営しているので就職はしないで手伝うつもりでいた。
離婚して女手一つで育ててくれた母は口に出しては言わないが、内心は兄弟で後を継いでくれるのを望んでいる。上の兄貴は地元の大学を卒業後、すでに家業を継いでいるが、弟はまだ高校生だ。
兄弟で経営に取り組んでくれるのを母は心待ちにしているのだ。
まだ先のことなので具体的な将来像は考えてなかったが、僕的には異論はない。兄弟仲も良いし田舎でのんびり暮らすのも選択肢としては悪くないと思っている。夏に帰郷した時に相談することにした。
面接が終わり、店長に挨拶していると入れ違いに入ってきた人物が星野佐和だった。すれ違う時に、上質なフレグランスが鼻をかすめ、その香りに釣られるように振り返った。
すると向こうもこちらを振り返っていた。上から下へと撫でるような不躾な視線に戸惑いながらも、彼女の美しさに見惚れてしまった。お互いに視線を交わしながら、惹かれ合う何かを感じて目を逸らすことが出来なかった。
僕のそれは、ただ日本人離れした容姿もさることながら、どこまでも吸い込まれるような深く澄んだ瞳に魅了されていた。
彼女の両親はともに著名なデザイナーである。
父方の祖父はイタリア人なのでクォーターだ。彫りが深く濃いグリーンの瞳をしているのはそのためだ。
170cmの長身で顔の造作も小さくスタイルは抜群だ。たぶんモデルだと言っても通用するだろう。
「ねぇ君、大学生?」
「はい、2年です」
「雑誌のモデルを探しているの。良かったら引き受けてくれないかしら」
言いながら、メンズファッション雑誌を広げてこういうモデルだと写真を指差す。
バックから出した名刺を受け取ると、肩書は副編集長となっている。第一印象では20代半ばにしか見えないが、今時の若者に人気の雑誌なので可成りのやり手なのだとわかる。態度には自信が溢れているし、ちょっとした仕草にも隙がない。断るのを躊躇させるほどの目力でこちらの返事を待っている。
「おいおい、その子はこっちでの採用が決まってんだ。
変なちょっかい出さないで欲しいな」
店長が釘をさすと、彼女が反論する。
「モデルをやりながらだって出来るじゃない」
「学生だし、たぶんNO.1取れるルックスしてるからムリ,ムリ。
すぐに売れっ子さ」
「じゃあ、私が一番の客になるから予約させて」
まだ、顔写真の撮影も済んでないうちに予約が入ってしまった。嬉しい反面、心の準備も整わないうちに彼氏を演じることに戸惑った。しかも相手は近寄りがたいほどの美人である。
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