星野佐和の場合② <佐和>

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星野佐和の場合② <佐和>

 彼氏は3人。  親が薦める家柄重視の40代の古物商。パリの蚤の市とかでガラクタを集めて法外な値段で売りつける不埒なヤツ。元を正せば本来の価値がわかってないだけなので、彼を悪く言う人はいない。  そういう訳のわからない物に金を出す人は、自分の価値観に比例する対価を自ら進んで払うものだ。それでいいように金は廻っていく。親の財産で食っていけるなので、ガツガツしていないとこも愛嬌のうちかな。  ちょっと雰囲気の良い店で、美味しい酒が飲みたいときに想い出す人。身体の関係はない、というより求められたことがない。なので世間でいう彼氏に該当するかは怪しいが、彼がいうには私たちは婚約しているらしい。    もう一人は職場の同僚。  意見の食い違いで対立することもあるが、お互いのことを尊敬できる間柄だ。5年ほど付き合っているが離れたりくっついたりを繰り返す腐れ縁だ。  時には鋭くストレートな言動に傷つくこともあるけど、根は正直な優男。結婚も考えて逆プロポーズも仕掛けてみたが、相手に全くその気がなかった。    3人目は年下のセフレ。  出会い系アプリで知り合い、こちらの都合だけで呼び出す典型的なコンビニ男。自称21だと言っているが、正式な身分証を見たこともないので確かめようがない。ホテルで致して、お小遣いをあげるだけの関係だけど居ないと困る。  若くてヤリ(モク)だけに徹しているドライなところが気に入っている。男と女の関係は単純で明快なのが何よりだ。男も女も関係なくヤリたいときに金を払ってヤル、単純明快すぎるほどの良好な関係だ。  きょう、すごく気になる子を見つけた。整った顔立ちもいいけど、それだけではないキラリと光るものがあった。磨いたら輝く原石ではなく、真から放つ光を生まれながらに纏っている気がする。それは努力とかでは補えない天賦の才能だ。  一瞬でこの子を傍に置きたいと思った。傍に置いて飾っておきたい。言葉も交わさず、触れることもなく近くで眺めていたい。そんな宝石のような子だった。  彼の名は”レイ”。  雑誌に載せる広告の件で訪れたレンタル彼氏の店に面接に来ていた。一瞬で心を奪われたほどのビジュアルの良さで久々のクリーンヒット。最初の指名でインパクトを残しておいて、すぐにでもお近付きになりたい。モデルでの起用は断られたが、レンタル彼氏での顧客なら問題はないはずだ。    着せ替え人形として傍に置いて舐め回すように眺めるのも悪くない。彼を誰もが振り向く完璧な男に仕上げるのだ。考えるだけでウズウズしてくる。  子供のころから欲しいものは全て手中に収めてきた。忙しい両親は私の願望を叶えることで、自分たちの後ろめたい気持ちを昇華していた。夫婦仲はとっくに冷めきっていて、お互いに心を通わせるパートナーがいる。  体裁のための婚姻関係でも、過去に置いてきた愛の結晶である娘の養育の義務はある。それを利用して私は贅沢の限りを尽くして心の隙間を埋めようとした。    そうしているうちに我儘で傲慢な女に仕立て上げられ、周囲を裏切らないように演じて見せた。贅沢を尽くせば尽くすほど満たされず空虚になっていく。そのうちにキャラが立つと、否定するのも面倒で雑音も気にならなくなった。演じる方が楽で良いとさえ思った。    それも紛れもなく自分なのだ。  やはり蛙の仔は蛙でファッションが好きだった。服飾デザイン学科で学び、メンズのアパレルメーカーに就職してキャリアを積んだ。    3年の下積みを経て、予てから憧れていたメンズファッション雑誌の出版社に転職した。編集の仕事がしたいと言えば、決して新参者には宛がわれないポストが用意される。これが著名人を親に持つ者の特権だ。  チャンスを逃すまいと夢中で仕事に没頭した。それが功を奏して、今では揺るがない編集長候補である。  この仕事は性に合っていたこともあるが、入社してからは実力本位で親の七光りは通用しなかった。実績だけが評価され、それを示せない者は容赦なく淘汰される厳しい世界だ。そうやって生き残ってきた自負がある。  もう両親の後ろ盾は必要ない。私は星野佐和として生きる。
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