星野佐和の場合④ <佐和>

1/1
前へ
/9ページ
次へ

星野佐和の場合④ <佐和>

 あの子は何を着せても似合う理想的な体型をしている。しかもあの顔面は心の隙間を埋めてくれる至福の癒しだ。私の目に狂いはなかったと確信した。初日から振り回してしまったけど、従順で不平不満が顔に出ないのがいい。  戸惑った顔をするが怒った顔はしない。たぶん育ちが良いので感情の起伏が緩やかなのだと思う。まっ、顧客の前では猫を被ってるきらいもあるが、ひとまずは及第点である。  この年になると正面切った恋愛には慎重になる。若い時と違って失恋などしたら結構な深手を負うことは、つい最近に証明済みだ。手に負えないほど堕ちた自分に驚いた。サバサバと次があるからと割り切ることが出来ないのがアラサーの微妙なとこなのだ。    倦怠期をとうに過ぎても、結婚を言い出せない彼に代わって逆プロポーズを決行した。 「ごめん、いまは結婚は考えていない。おまえの気持ちは嬉しいけど…」  嬉しい?だったら断るなよ。前のめりになった、この気持ちどうするんだよ。  断られる可能性があることなど1mmも想像してなかった。冷静に判断すれば5年も付き合って、具体的な結婚の話題が出ない方が不自然だと思う。なんだ、私の勝手な勘違いだったんだ。初めての失恋に押しつぶされてメンタルが壊滅的にやられた。  それから暫くの間はネジの外れた玩具みたいに、意思もなくリモートで動く人形になった。美しい人形は丁重な扱いを受け、奔放な言動は憧憬を抱かせる。  なんだ、簡単。今までだって欲しいものは簡単に手にして上手くやってきた。この生まれ持った類まれなる容姿で全てを牛耳ってやる。男共め、床にひれ伏して懇願しろ。佐和さまが欲しいと……・  まっ、そのくらいの気構えでいないとやってられないってことだ。  失恋を踏み台にして私は強くなった。男は私を彩る飾りに過ぎない。私に相応しいアクセサリーは私が選ぶ。  ⊶--------------------------------⊶    レイは完璧に私好みに仕上がった。26になった今では身のこなしもエレガントで、コーディネートのアドバイスもなしに流行の最先端を着こなしている。  指名第一号の特権をフル活用して、今日も予約の横入(ヨコハイ)りを実行する。  行儀よく順番待ちしている方には申し訳ございませんが、若いエキスが必要不可欠なお年頃なのです。ご理解ください。  その時に大事な話があると言われ、待ち合わせは隠れ家の洋館にした。  ふと、淹れたコーヒーの水面(ミナモ)に映ったレイの表情が曇った気がして嫌な予感がする。 「佐和さんには、最初に報告しておかないとと思って...]  いやいや、このくだりダメだろ。落ち着け、落ち着くんだ、まだ決定ではないし勘違いもあり()るし...。 「なに?改まって...まさか結婚の報告じゃないでしょうね。やめてよ、そんなゲスな話。レイから一番遠い話」 「う~ん、遠くもないかな……。RENKAREを辞める。もう26だし、ごめんなさい。僕は引退します。本当にごめんなさい」  レイに女の影は感じなかった。いや、そういうことに疎いので気が付かなかっただけなのか。今更この子を失いたくない。 「辞めないで…お願いだから辞めないで...」  この私が懇願している。咄嗟に出てしまった。もう戻れない。 「……」 「辞めて何するの?群馬に帰るの?モデルやればいいじゃない。これまで通りに援助もするし、東京にいて欲しい...」 「引き止めるんだ、佐和さんがそんな風に言うとは思わなかった。意外」 「私...可愛くないでしょ。いつも本音は隠してるから...」 「僕の前ではいつも可愛かった。僕のために一生懸命に考えてくれて感謝してもし切れないほど、いろんなものを貰ったよ。ありがとう」  改まってお礼など言われると、もう終わりなんだという実感が私を打ちのめす。  ダメだ、だめでしょ、そんな残酷な現実を受け入れられるはずがない。 「泣くよ...そんなこと言ったら泣くよ……」 「ご自由にどうぞ、誰も見てないし、泣くのに許可なんていらないよ。ほら」  レイが思いっきり手を広げて私を呼んでいる。  躊躇うこともなく子供のようにその胸に飛び込んだ。大きな声で子供のように泣いた。今まで誰一人として、私をこんな風に抱きしめてくれる人はいなかった。父も母も恋人さえも私を受け止めて温めてはくれなかった。大きな手があやすように背中をリズムよく叩く。心地よく深く沈むクッションのように柔らかく包み込んでくれる。子供の頃に、こんな優しさに出逢っていたら、大粒の涙を見せられる人がいたなら、もっと違う生き方が出来たのかもしれない。 「あのね……あなたが泣きたいのは僕との別れが哀しいからじゃない。泣きたいほど佐和さんを傷つけてるのは、佐和さん自身だよ。僕にはあなたが幸せになるのを避けてるように見える。誰かに幸せにして貰うんじゃない。佐和さんを幸せに出来るのは佐和さんだけなんだから…」 「……知らない間に、レイだけ大人になってた…ね」 「泣きたいときは、いつでも呼んで...僕で良かったら」  やはり私が丹精込めて仕立て上げたことだけはある。  レイは最上級のレンタル彼氏だ。 ---------------------------------------------------- 「星野佐和の場合」完結です 次回、「依井ほのかの場合」執筆中 遅いです...牛歩です...未定です... 悪しからず... 
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加