依井ほのかの場合① <ほのか>

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依井ほのかの場合① <ほのか>

 好きなイラストの稼ぎで食べている。  人は趣味と仕事が合致していて、羨ましいとか贅沢とか好き勝手なことをいう。あの人たちはのランクが最低限でも、羨ましくて贅沢だというのだろうか。    衣食住のどれも人並みを満たしてはいない。だけど人に迷惑をかけているわけでもないので、誰かに後ろ指を差される覚えはない。    たまにスーパーの惣菜を、買おうか買うまいか迷っていると後ろに立っている人に邪魔だと舌打ちされる。心に余裕のない人は自分の投影を見るように他人に腹を立てる。    今日は運よくポテトサラダとほうれん草の胡麻和えに、目の前で半額シールが貼られたのを見て思わず両方を買ってしまった。卵かけごはんにおかずが付くのが三日ぶりだ。いや、今日は二点もおかずがあるので、卵をかけなくても白米だけで食べられる。  最近は本の挿絵とかの仕事をいくつかこなした。パン屋の開店チラシに描いたイラストが好評で、印刷所の知り合いに雑誌社を紹介してもらった。評価も上々で少しずつ収入も増え、余裕が出来ると周りの景色も変化する。    気分転換に美容院に行って髪型をゆるふわウエーブにしたら、興味のなかったオシャレもしたくなった。  ショップに行って気に入った服を当ててみるけど、どう贔屓目(ヒイキメ)にみても化粧っけのない顔とは釣り合わない。 「すごく、お似合いですよ、ご試着いかがですか」  お世辞たらたらで試着を勧めるので着てみることにした。  オシャレとは無縁に過ごしてきたせいで、組み合わせもで試着室の中で大きなため息を漏らす。諦めて何も買わずに店を後にした。  頑張ったご褒美に何か贅沢をするつもりで家を出たので、気が抜けてしまった。  似合う似合わないは譲歩して、あの服を買っておけば……。優柔不断の悪い癖、ぐずぐず考えるのはよそう。    そうだ、近くにオープンした甘味処の”わらびもちドリンク”が気になっていたのを思い出した。駅を降りると家路とは反対方向に歩き出す。    甘味処といっても和風ではなく店構えは洒落たカフェだ。開店から日が経っているにも関わらず、盛況で行列も出来ている。少し並んだが数分で店内に案内された。  客は話題のわらびもちドリンク目当てに来た人たちばかりで、SNSに上げるために其処かしこでスマホのシャッターが切られる。おひとり様なので4人席は気が引けるが、そこしか空いてないので仕方なく座ったが、何だか居心地が悪い。    しばらくすると、店内がさらに混んできてウエイトレスが席に案内するたびに、こちらに視線を送ってる気がする。まだオーダーしたドリンクは来ていない。窓際の横一列に並んだ外が見える席が空いたので、手を上げて移ってもいいかと尋ねてみた。  私にしては特段の勇気のいる行動だった。「ご案内します」の誘導に従い席を移動すると、わらびもちドリンクがすぐに運ばれてきた。    わらびもちドリンク自体は不味くもなく美味しくもなかった。ただ私の好みではなかっただけの話で、これだけ混んでいるのは人気の証なのでレビューするとしたら☆3つはあげたいと思う。    この席は店内を背にしているので、雑音も気にせず一人に浸れて落ち着く。こんな風にのんびりと贅沢な時間を過ごすのも偶には良いと思う。    部屋で締め切りと格闘して気が付いたら夜が明けてたなんてザラにある。不健康極まりない日常も、今となっては普通の日常だ。    すると隣に座った二人組が興奮して叫んだ。 「ねぇ、これこれ」 「うわぁ~美だ、美の極致じゃん!」  彼女たちがスマホを見ながら絶賛している。その高揚感が伝わってきて、その美の極致とやらが確かめたくてチラッと覗いてみた。日差しがスマホに反射して、どうしても見ることが出来ない。見れないと見たいが募るのが人間の真理。ああ、わらびもちドリンクどころではなくなった。 「こんな彼氏だったら、隣に居てくれるだけでその日に死んでも悔いはないかも」 「それそれ、友達が目の前にしただけで漏らしそうになったんだって...わかる気がする、私だったら完全にチビってるよ」  彼氏?男なのか、見ただけでチビるほどのいい男を見てみたい。耳をダンボにして会話を盗み聞きする。 「ちょっと料金が高いけど、この人だったらアリでしょ。でも友達が予約が取れないってボヤいてた」 「確か、RENKAREって言ってたよね。他の子も物色してみるか。ランクで料金も違うみたいだよ。ほらこの新人なんか良さげ」  う~ん、謎のワードが...並ぶ。予約、ランク、れんかれ??? 「あっ、ヤバいバイトの時間だ。これ割り勘にしといて、じゃまたね~」 「うん、LINEするね~」  連れの子が先に帰ると、残された子がまだ例のサイトを眺めている。  少しスマホを傾けた瞬間に見えた、レンタル彼氏の大文字。謎が解けた、解けました。  急いで店を出ると家路を急ぐ。なぜだか家でじっくり見たいと思った。頭の中で美の極致を想像する。勝手に早足になって夕飯の買い物もしないでアパートに戻っていた。  部屋に入るや否や、検索にかける、出た~!  "RENKARE"最上位ランクの 逢沢玲、通称レイ。  二次元の如く絵から抜けだしてきたような完璧なビジュアル、圧倒的なオーラ、これぞ探し求めていた理想の王子様ではないか。  見るとOPEN5周年記念で20%OFF、今だけの特典などと心躍る活字が私を誘っている。割引には滅法弱い質なので、興奮でプルプル身体が震える。  依井ほのか、全財産を投げ打ってでも会いに行きます。
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