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第11話 悪手
六条桃。
かつての婚約者であり、由緒正しき華族の流れをくむ令嬢。
だが、再び圭一郎の前にメイドとして現れた彼女の名は。
茨村桃。
関東一円を取り仕切るヤク……任侠一家の長、茨村雪之助の孫娘であると言う。
なんだ、それは!
変わらないのは可愛いことだけか!
圭一郎の胸中は地団駄踏み鳴らすような状態だったが、桃の手前それは出来なかった。
大人の男として、落ち着いて包容力のある所を見せねばならない。
「ぷふふ!驚いて言葉も出ないんでしょ!ざまあないよね!」
桃は圭一郎がその衝撃から表情をグルグル変えるのが面白いらしく、キャッキャとはしゃいでいた。
なんだ、無表情で取りすましていたから心配していたが、年齢相応の娘らしい行動をするじゃないか。
圭一郎は心底安心していた。言葉がちょっと悪い気もするが、まあ可愛いから仕方ない。
だが、お遊びはここまでだ。
圭一郎は顔を切り替えてわざと厳しい声音で言った。
「……で?お前の目的はなんだ?」
すると桃はそんな圭一郎の雰囲気を鋭敏に感じとり、再度怒りを滲ませて答えた。
「湊に復讐するためよ!何でもいいから企業の秘密を握って組に流せば、後はうちの衆がやってくれる」
「ほう……」
ザルだな。なんてお粗末な計画だ。いや、計画とすら呼べない。
だが圭一郎はそれを桃には言わなかった。
桃のその計画が頓挫してしまえば、また目の前からいなくなる。それは絶対に阻止しなくてはならない。
「うちにはね、不動産とか建築とか、あとえーっと、なんか色々できるヤツらがいんのよ。あたしが資料を持ち帰ったら湊グループは終わりなんだから!」
「桃」
「なに?」
「それを俺に言ってはだめなのでは?」
「あ」
桃は突然顔を真っ赤にして慌てた。
「ウソウソウソ、今のなし!何でもないから!」
圭一郎は開いた口が塞がらなかった。
おかしいな、こんなにあほな子だっただろうか。やはりヤクザに育てられたのがいけなかったのだろう。
今、圭一郎の頭の中にあるのはふたつ。
桃を湊に差し向けた茨村組の意図。
なぜ間者ではなく直接桃を送りこんだのか。
それらを探るためには桃は絶対にここから出すわけにはいかない。
尤もこんな事態でなくても、圭一郎はすでに桃を手離すことなど考えられない。
たとえ何と言われても、こんなおてんばな鳥は籠の中に入れておく。でなければ不安で気が狂いそうだ。
「……わかった」
そうして圭一郎は深い溜め息ととも桃を見据えた。
「今日のことは不問にする」
「いいの!?」
「そしてお前は明日からもメイドとしてここで働きなさい」
「ええ!?」
桃は怪訝な顔をしていた。目的を知られたから追い出されるとでも思ったのだろう。
そんなことするものか。絶対に逃がさない。
圭一郎は昂る様々な感情を隠すために冷ややかな態度で言い放った。
「俺の部屋係もそのままだ。むしろ他の仕事はしなくていい。この部屋をずっと掃除していなさい」
「……軟禁するってこと?」
ヤクザに育てられただけあって、桃は正しく圭一郎の真意を理解していた。
だが、圭一郎は少し笑って首を振る。
「まさか、そんな」
「いいの?あたしがこの部屋にいたら、あんたが留守の間に色々調べるよ?」
「できるものならやってみるがいい」
圭一郎がそう突き放すと桃は少し疑心を持ったようだが、強がって言った。
「や、やってやるんだから!」
「だが私が戻った時に、何か異変があったら……」
「あったら?」
圭一郎は主君然として厳かに答えた。
「体罰を与える」
「た、体罰!?」
小娘には少しお灸をすえておこうと、圭一郎はわざとニヤリと笑って言った。
「痛いものではない。先日のような……少し気持ちのよい罰を与えてやろう」
ここまで言えばあの日の出来事がフラッシュバックする。桃は途端に真っ赤になって騒いだ。
「へ、変態!ロリコン!」
「お前が大人しくしていればいいだけだ」
だが、桃は更に強がって実に浅はかな事を口走る。
「あんたが気づかないように上手くやればいいんでしょ!」
桃、それは一番の悪手だ。
圭一郎は込み上げる笑いを堪えながら、もう一度冷たい視線を投げた。
「それは、楽しみだ」
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