15日の夜

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15日の夜

 学校から帰ってきて、夕食前に宿題をすませようと机に向かった。カバンからノートと教科書、本棚から参考書を引っ張り出して、机の上に並べた。今日の授業ノートのページを開いて、赤で「宿題」と書いてある因数分解の問題を見た。 「あれ?2問だっけ?確か3問だったはず…」 ノートのページをめくってみたが、うしろは真っ白だった。前に戻ってみても、すでに解いてある問題ばかりだった。  そのとき、ふいに背筋が凍りついた。手のひらに汗がにじみ出し、ペンが滑り落ちた。手の汗をティッシュでふき取り、ペンを持ち直した。しかし、汗はとめどなく流れ、ペンを滑らせてしまう。ノートの因数分解に集中しようとしているものの、目の前がグラグラと揺らいで文字が見えなくなった。 「キャーーー!」 目を開けているのがつらくなり、机に突っ伏した。すると、心臓の音がやたら大きく響き、息苦しくなった。体制が悪いのだと思い、目を閉じたまま椅子の背にもたれかかった。しばらく、そのままの体制でいると、少し気分がよくなった。  目を開けて、もう一度ノートを見た。途中まで解いてある因数分解は、数字がグニャクニャと曲がり、判読不能だった。 「お風呂、入っちゃいなさい!」 階下から母の声が聞こえた。 「はーい」 お風呂に入ればリラックスできるし、その後なら宿題に集中できそうだと思った。ローズのアロマオイルの小瓶を持って部屋を出て、階段をそーっと降りた。服を脱ぐ前に、トイレに入ると生理がきていた。 「あれ?先週終ったと思ったのに…」 トイレの棚から予備の下着とナプキンを取り出して、風呂場に行った。湯船に浸かれないので、アロマオイルを風呂場の床にたらしてシャワーを浴びた。体から赤い液体が流れて排水溝に吸い込まれてゆくのを見ていた。そのとき突然、排水溝から誰かがのぞいている気がしてきた。排水溝の視線は次第に強くなり、うなり声も聞こえてきた。 「キャーーー!」 あまりの恐ろしさに、髪も洗わずに風呂場を飛び出した。 「あら、今日はカラスの行水なの?めずらしいわね」 「あ、うん。生理だから…」 手早く体を拭いて、パジャマに着替えた。汚れた下着を洗面所で洗い、洗濯物が吊るしてあるハンガーの内側のほうの洗濯バサミで止めた。  部屋に戻って、もう一度机に向かった。こんどは汗もかかず、めまいもなく、問題を解くことができた。次は英語にとりかかることにした。明日は16日だから、あの先生は絶対に自分を指名するはずだった。日付と同じ出席番号から音読と翻訳をさせるのだ。だから、明日の一人目が自分だ。カバンから英語の教科書を出そうとしたが、入っていなかった。 「どうして?学校に忘れてきたかなぁ?」 しかし、教科書は絶対に入れた自信がある。帰り際にカレンダーも確認したし、次のチャプターも見た。それなのに、なぜ教科書が入っていないのか。カバンを逆さにして、中身を全部、床にぶちまけた。コンパクトミラーが転がり出て、壁に当たって砕けた。砕けた鏡のかけらに自分の顔がゆがんで映っていた。その顔は、どんどん変化していき、とうとう大きな黒い穴になってしまった。 「キャーーー!」 顔を手で覆って、ベッドに倒れこんだ。すると、胃の辺りがムカムカとしてきた。顔からはなした手を見ると、血まみれの肉塊がピクピク動いていた。 「ヒャッ!!!」 慌ててそれをゴミ箱に放り投げ、枕にかけてあったタオルで、ゴシゴシと手をこすった。階下から、母に呼ばれた。 「晩御飯、できたわよー」 「いらない!」 「あら、今日は何か変ねぇ。どこか悪いの?」 「ちょっと、お腹痛いから」 「あらぁ、大丈夫?お薬飲む?」 「テーブルに置いといて」 「じゃ、後で持って行ってあげるわ。あんたが置きっぱなしにしてる教科書と一緒にね」 そして、その日は、そのまま、寝て、しまった。
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