願掛けこけし

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 するとみるみる空が曇って、温泉饅頭がぼたぼた降り注ぎ、たちまち境内を埋め尽くした。それはふかしたてのように熱く、禿げ頭に直撃を受けた大野のお爺さんは、気の毒なことに火傷を負ってしまったそうだ。  その場にいた人は我先にとこけし様に飛びつき、願い事を言った。お菊婆さんは、また目が見えるようになった。お婆さんの孫は一億円の宝くじが当たった。傾いていた神社は、竜宮城のように生まれ変わった。だけど、再び大野のお爺さんが「新築、バリアフリーの二世帯住宅」をお願いしたけど叶わなかった。それで、願い事は一人につき一つまでと証明された。  こけし様の噂はあっという間に飛び火して、これまで顧みられることもなかった瀬戸内の小島に、大勢の人が詰めかけるようになった。  神社は黒山の人だかりで宿泊施設はどこも一杯、砂浜はキャンプする人のテントがひしめき合っている。大きなバックパックをヤドカリみたいに担いだ若者がうろうろし、揃いの法被を着た団体客が観光船をチャーターしてやって来るようになった。  うちは民宿をやっているので、お父さんとお母さんは自分の願掛けにも行けないほど大忙しだ。弟の陸はまだ二年なので役立たずだが、私はお運びや洗い物を手伝っている。
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