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彼は、毎週決まった曜日の決まった放課後に音楽準備室に来た。
「ピアノの鍵、この引き出しの奥に入ってるんだよ」
「えー、こんなのわかんないよ。よく見つけたねぇ」
「僕もたまたまだよ」
「そっかぁ」
7月に入って、梅雨明けと夏休みが待ち遠しくなる頃には、私と彼は仲良くなっていた。秘密の部屋で一緒に何かするわけでもなく、好きなことをして過ごしているだけ。でも、私はこの時間が大好きだった。
彼はとても静かだけど、お互い口を開けば絶対に歌の話になる。私も歌が好きっていうことは、すぐにバレた。彼は恥ずかしいから、人前で歌うのは嫌だと言うけど、たまに歌ってくれた。
そういう時「私は空気だと思っていいよ! 」と伝えて、できるだけ邪魔にならないよう黙って歌を聴いていた。
「この前、母さんが入院してさ。歌うと喜ぶから」
「だから歌ってるの?」
「そういうわけじゃないよ。でも他の人に聴かれるのは恥ずかしい。自信ないし」
「えー、なんで? めちゃくちゃ上手だよ! 私、もっと聴きたいと思ったもの!」
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