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「なんで教えてくれなかったの」
同じクラスだったわけじゃない。
彼からしたら、わざわざ言うほどじゃなかったのかもしれない。
でも、せめて。
一言ぐらい。
音楽準備室に駆け込んでも、誰もいない。
ピアノの前に彼はいない。
最後に会った日と、ここはなにひとつ変わっていないのに。
彼だけがここにいない。
「ねぇ、なんで」
もう彼の歌もピアノも二度と聴けないんだと思ったら、目から涙が溢れてきた。ピアノの蓋を開けようとしたけれど、鍵はかかったまま。きっとあの日、彼が鍵をかけて帰ったまま。これからは誰も弾く人がいないから。
取り残されたピアノは、まるで私みたいだと思った。もう二度と弾いてもらえないなんて、かわいそうすぎる。
彼みたいに上手くないけど、私だって弾ける。せめて最後に弾いてあげよう、ついでにきれいにしてあげよう。
そう思った私は、鍵の入っている引き出しに手を伸ばした。
「あれ?」
引き出しの中は鍵しか入っていなかったはず。鍵を掴もうとして、私はそれが折り畳まれた白い紙に挟まれていることに気づいた。
なんだろうと思って、白い紙ごと取り出した。
「うそ……」
折りたたまれた白い紙に、鍵と一緒に挟まっていたのは、四つ葉のクローバー。
それから、そこに書かれていた文字を見た私は──。
=====
ありがとう、うまくいった 静琉
=====
そっか、お母さんの手術うまくいったんだね。
もう会えないけど、よかった。
目から溢れた涙が、紙の上にポタっと垂れる。
私は四つ葉のクローバーをもう一度紙に挟むと、それとピアノの鍵を胸にギュッと抱きしめた。
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