Interlude.1 ココロのむかしばなし

13/20

20人が本棚に入れています
本棚に追加
/109ページ
「なんで教えてくれなかったの」  同じクラスだったわけじゃない。  彼からしたら、わざわざ言うほどじゃなかったのかもしれない。  でも、せめて。  一言ぐらい。    音楽準備室に駆け込んでも、誰もいない。  ピアノの前に彼はいない。  最後に会った日と、ここはなにひとつ変わっていないのに。  彼だけがここにいない。 「ねぇ、なんで」  もう彼の歌もピアノも二度と聴けないんだと思ったら、目から涙が溢れてきた。ピアノの蓋を開けようとしたけれど、鍵はかかったまま。きっとあの日、彼が鍵をかけて帰ったまま。これからは誰も弾く人がいないから。  取り残されたピアノは、まるで私みたいだと思った。もう二度と弾いてもらえないなんて、かわいそうすぎる。  彼みたいに上手くないけど、私だって弾ける。せめて最後に弾いてあげよう、ついでにきれいにしてあげよう。  そう思った私は、鍵の入っている引き出しに手を伸ばした。 「あれ?」  引き出しの中は鍵しか入っていなかったはず。鍵を掴もうとして、私はそれが折り畳まれた白い紙に挟まれていることに気づいた。  なんだろうと思って、白い紙ごと取り出した。 「うそ……」  折りたたまれた白い紙に、鍵と一緒に挟まっていたのは、四つ葉のクローバー。  それから、そこに書かれていた文字を見た私は──。 ===== ありがとう、うまくいった 静琉 =====    そっか、お母さんの手術うまくいったんだね。  もう会えないけど、よかった。  目から溢れた涙が、紙の上にポタっと垂れる。  私は四つ葉のクローバーをもう一度紙に挟むと、それとピアノの鍵を胸にギュッと抱きしめた。
/109ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加