黒の鳥

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カラスの翼は七色に輝く。 黒の鳥 いつか訊いた事がある。 「ガクシャはどうして今も黒いんだ?」 タダノブは、自分しか使わない呼び名でクロスケに声を掛けた。 「僕は今でもカラスだからだよ。なまじ前世の記憶が有るからね」 眼、髪、シャツ、スラックス、全て黒いクロスケは、何でもない様に微笑みながら答えた。 前世は、魔法使いの使い魔だったクロスケ。 そのカラスであった頃の記憶は、どのくらいあるのだろうか。 暗い住宅地を二人きりで歩く。 それが歩いて10分程度のコンビニまでの道のりだとしても、夜は視界が悪かった。 空を見上げれば、雲の所為で星も見えず月光すら無い。 闇の帷に佇むクロスケは、夜の中に消えてしまいそうで不安になった。 だから、その手を繋ぐ。 その指先も黒いネイルだった。 どうしたんだい、と行動を問われても、ばつが悪くて返事が出来ない。 でも、その優しい微笑みを見れる距離なので安堵した。 「……なんで、そうやって前世の話をするんだ」 話題を振ったのはタダノブだったが、クロスケが前世の話をする事はたまにあったから、なんとなく訊いた。 ふむ、とクロスケは考える。 「まあ……他に何も無いからかな」 気付いた時から、君を捜していた。 「ただそれだけのための人生だった……と言っても過言じゃないね」 クロスケは、タダノブが好きで。 それはタダノブがナアと言う仔猫だった時からだという。 先に死んだのは仔猫の方だった。 カラスのガクシャはずっとそれを覚えていた。 だから、輪廻の中で巡り逢い続ける事にしたのだ。 頬と手だけ背景から浮き彫りのクロスケは、その名の通り黒かった。 先に死んだのは悪かったと思う。 そして一度犬に生まれ、世話になった事も薄ら思い出していた。 俺は、二回ガクシャを置いて行ってしまった。 だから、今度はガクシャが俺を置いていくんじゃないか。 そう考えてしまい、怖かった。 暗闇の中に、クロスケが消える妄想。 タダノブは、クロスケを握っていた手に力を入れた。 突然、腕を引かれて驚く。 その黒シャツの胸に収り、もう片方の腕で抑えられた。 次の瞬間、バイクがすぐ横を過ぎる。 「大丈夫かい?」 いきなりの事で混乱したが、ライト無点灯のバイクに轢かれそうになったようだ。 「全く、危ないねえ」 「……びっくりした……」 珍しく鋭い目線でバイクの後を睨むクロスケに瑠璃の眼を丸くしていると、ガラス越しの黒曜石もタダノブを見た。 「これからは、こうやってナアくんを守ってあげられる」 もう死なせない。 口は動いていなかったが、視線がそう言っていた。 「……ごめん。ニ回も死んで」 なんだか、申し訳無くなってしまい、そう呟く。 「でも、次死ぬ時は、ガクシャの手で……」 その手で、殺してくれ。 それは、再会した時にした約束だった。 クロスケがタダノブを殺すまで生きる。 それが、タダノブが生きていいと思える理由だった。 クロスケは微笑んで、今度は両腕を背中に回して抱き締めてくる。 まるでそれは、カラスが黒翼で隠した様で。 こんなんじゃまた轢かれそうになってしまう、と思いつつ、黒シャツの向こうから聴こえる心音に安心してしまった。
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