ランドリー

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 閉じた蓋の上から洗濯機のなかを眺めていると、自分も洗われているんじゃないかと錯覚する。同じ日々を繰り返し、つまんねえと思う気持ちごとまとめて。  ラインの着信音が鳴る。吉崎蒼は洗濯機を見納め、いつも座る窓際の椅子に腰を下ろした。雨音が強くなってきて、コインランドリーのなかから一旦窓の外を眺める。どうやら大降りになったようだ。ビニール傘を持ってきていてよかった。梅雨の時分は、前触れありなし関係なくしょっちゅう雨が降る。  ポケットからスマホを取り出した。寮で同室の田嶋健からだった。 『ごめん。数Ⅱの教科書学校に忘れた。貸してもらっていい?』  あいつときどきボケるからなあ、と吉崎は口角を緩めた。 『いいよ。おれの鞄から取って』  するとすぐ、ありがとう、と猫のキャラクターが泣いているスタンプが届く。それを確認し、吉崎はスマホをポケットに戻した。洗濯が終わるまで、残り約二十分。それから乾燥機にかけて三十分。正味一時間はここでぼんやりできそうだ。  高校の学生寮にも洗濯機はあるし、乾燥機もある。だからわざわざこんなところに来る必要はない。学校も寮生活も楽しいし、友人もいて、ひとりになりたいと斜にかまえてもいない。だけど、毎週土曜日の十五時ごろからはじまる約六十分の時間がないと、吉崎はどうしても落ち着かなかった。  きょうもあんまりひとが歩いてないな、と吉崎は窓に頭をつけ、雨降りの道を眺める。商店街から一本奥に入った道路沿いにぽつんとたたずむコインランドリーは、吉崎が高校に入学して間もなく、散歩の途中で見つけたお気に入りの場所だった。学校からほど近いので、二年目の今年も相変わらず世話になっている。  ういーん、と自動ドアが開く音が鳴り、吉崎は自然とそちらを見た。めずらしく客が来たようだが手ぶらで、雨に降られたからか全身ずぶ濡れだった。おそらく二十代、ただの無精なのかおしゃれなのかわからない顎髭、シルバーフレームの眼鏡、短髪。白Tにデニムに足もとはサンダルで、ひょろっと背が高い。雑に頭をかき、だらんと手を下ろすしぐさが気だるげで、雨宿りだろうとすぐにわかる。  せっかくひとが来ない時間を狙って来ているのに、と心のなかで身勝手なわがままを相手にぶつけた。急に、よその家にお邪魔したような居心地の悪さを覚え、一度椅子に座り直す。離れた洗濯機を眺めると、まだ止まる気配はないようだ。一台しか稼働していない洗濯機が、ごうんごうんと音を立てていた。  男は裾が濡れたデニムを見やり、サンダルをぶらぶら振った。濡れて気持ち悪いのかもしれない。男はポケットからスマホを取り出し、どこかへ電話をかけはじめる。 「あー、俺です。お疲れさんです。今ね、雨すげえんだよ、雨宿り中。……ああー、うん、はいはい、は? タクシー? 乗る金ねーでしょ。……は? ねえよ、いやまじで。……んーっとね、三百円くらい。な? ねえだろ? 煙草買ったらなくなっちまった。はは、……は? はいはい、急ぎますよ、なるべくねー。……そんじゃあとで」
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