ランドリー

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「それは、作家としての考えですか?」 「いんや、俺の自論」 「そうですか」  吉崎はわざと無愛想に答え、箸を持ち直した。目の前にはおいしそうな前菜にパスタやメインの肉料理が並んでいるのに、もうずいぶんと口にしていなかった。ぐうっと腹の虫が鳴る。芹澤が「葉っぱ」と称した野菜を食べた。ベビーリーフだ。野菜の幼葉の総称。  てきとうに食え、なんて言っておいて、ちゃんとおいしく食べられる場所を選んでくれていたことに、やっと気づいた。 「おいしいです。きょうは、ありがとうございます」  話があると言って呼び出したのは、芹澤だった。だけど、吉崎ばかりおしゃべりしている。  このひとのせいで。 「やっぱいいな、おまえ」 「え?」  箸を止め、顔を上げた。 「吉崎蒼くん」 「は?」 「俺の次回作、あなたにモデルになってもらいたい。どうしても」  お願いします。  ぼうぜんとして、頭を下げる芹澤のつむじを吉崎は眺めた。閉じた洗濯機の蓋を思い出す。このなかに入れば自分も洗われるんじゃないかって。ぐるぐると、同じ日々を繰り返す自分を、なにもない自分を、まるごとまとめ洗いしてほしいって。  吉崎は視線をずらし、庭園を横目で見る。ここに紫陽花は咲いていないのに、あれを思うのはなんでだろう。    寮の門限が二十一時だと告げると、二十時過ぎには店を出た。車のなかで、吉崎は何度も横目でちらちら彼を見た。運転中なのもあって、とうぜん彼は真っ直ぐ前を見ている。 「そんなに見られたら恥ずかしいんですけど」  ははは、芹澤はまた吉崎をからかうように笑った。見ていたことに気づかれていて、吉崎はシートに座ったまま体が揺れ動く。 「どうした、不安か? それともまだあやしいか」 「……いえ」  あのあと、芹澤の申し出に吉崎は「わかりました」とうなずいた。彼の小説に関わることをためらわなかった。だけどそのあとは他愛ない話しかせず、どんなことをすればいいのかは結局わからないままだ。 「あの、どうしておれだったんですか?」  これだけは疑問で、どうしても聞きたい。 「コインランドリーでひと目見て、こいつだって思ったから」 「え?」  とんでもなく突拍子のないことを言われた気がして、目を見開いた。 「なんつーんだろな、蒼くんの屈折した自分との信頼関係っていうのかな、可能性ゼロって疑ってない雰囲気。つまんねえってまんま表情に出てて」  それがよかったんだよなあ。とぼそりとつぶやかれ、コインランドリーでじろじろ見られていた理由がやっとわかった。  自分の急所を真っ向から見破られた気分だった。心臓が素手で鷲掴みされたようにひゅっとすくむ。芹澤にはもう、自身の弱点のようなものをさらしていて、だけど打ち明ける前からすでに、吉崎はきょうの彼の誘いを断らなかったのだ。  急に、自分の幼さが浮き彫りになったようで、それが他人に漏れていた恥ずかしさに顔が熱くなる。ここから逃げ出したい。 「今回、うちの担当編集さんにいろいろ要望出されてんだよね。そんで、高校生ってどうだろってなってな」 「はあ……」
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