ランドリー

15/62
42人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
 早く消えしまいたくて、もはや半分くらいしか話が頭に入っていない。 「でも俺、高校生ってわかんねえからさー。取材してえなーってのもあったし、そんなときに蒼くんに出会ったわけだ」  わかっていただけましたか? と芹澤は最後わざとらしく敬語になる。吉崎は今の自分を見られたくなく両手で頬を覆っていたが、芹澤の言い分はだいたいわかった。だけど、 「高校生がわかんないって、芹澤さんだって高校行ってたんじゃないですか? べつに、わざわざおれを選ばなくても」 「ああ、そこは知らねえのか。孤児なんだよ俺。児童養護施設出身で高校には行かんかったんだわ」 「え……?」  思わず芹澤を見た。赤信号で車がゆっくり停車する。信号のあかりが、芹澤の横顔を彩った。暗い車内が、ほんのり赤に染まった。  彼は吉崎に顔を向ける。切れ長の瞳が吉崎をはっきり捉えたかと思うと、へらっと緩めた。 「いーねー、その思っくそ同情した目。俺の概要みたいなんはウィキに載ってるから見てみ?」  あ、と勝手に口が開き、だけど動揺を悟られたくない。 「ウィキって……、そんなあらすじみたいな説明あります?」 「実際そんなもんだろ、世間さまが見る他人なんて」  またいなされた、と芹澤に腹が立つのと、吉崎が嫌悪しているはずの「同情」を自分がきちんと持ち合わせていた事実に言葉が出なくなる。「蒼くんおもしれえなー」と芹澤はふざけた調子でへらへらしていて、そこにもまた苛立った。  このひとの言う「世間さま」はとても他人ごとに聞こえた。周りの目がまったく気にならないというより、無意識の冷たさがあって体の内部がひやりとさせられる。  おとなになったら、ある一定の年齢を越えたら、こんなふうに達観した人間に自然となれるのだろうか。ふとした瞬間脱皮するように、「はいおとなです」とすっかり自分の姿かたちから内面そのものまで変化するのだろうか。  幼い顔も、小柄な体も丸さが取れ、年上の暴言もうまくかわせたり、衝動のままの行動を取らなくなったり、友人の気遣いに気づくこともそう。  吉崎は今十七で、だけど年を重ねるうちに自分が今の芹澤と同じ年齢になることも、変われる可能性や期待があることも、今は考えつかなかった。  おとなと子どもの境界線って、年齢的なものじゃなく、いったいどこにあるんだろう。 「わかりました。とにかくやります」  だったら、とにかく今は。わからないけれど今は。 「おっ、蒼くんかっこいいね。さすが」 「だから、いちいちからかわないでください」  くくっと彼は含み笑った。時間は二十時三十分。寮の坂の下の路側帯で停車した。寮の門限に合わせ、余裕を持ってくれていたのだと気づいた。  かちかち、とハザードランプが鳴っている。芹澤はシートベルトを外し、ジャケットのポケットから財布を取り出した。そういえば、この日の芹澤は三百円しか持っていないなんて噓だと思うような金額をレストラン(と呼ぶ場所なのか?)で支払っていたのだ。驚いて、きょうは何度体が固まったか覚えていない。 「あの、きょうはほんとうにごちそうさまでした」
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!