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影が薄いうちに
昔から、おばあちゃんによく言われた。
「お日さまが照っていて、影が薄いうちに帰ってきなさい。」
そう言われてみれば、昼間の影はどんなにお日様が照っている時でも周りが明るいせいか、なんとなく色までついているように見える。
本当だったら強い日差しの下では一番影が濃いはずなのに。
加奈子はおばあちゃんに言われたように、いつも友達と遊んでいる時にも気を付けて、迫りくる夕闇の暗さと、自分の影の黒さが同じにならない時間帯には家に帰るようにしていた。
加奈子の家は見えない物が見える家系だった。
特に女の子に顕著に表れたので、加奈子の弟の健次には見えることはなかった。
健次はおばあちゃんが言っている事がなんとなく子供っぽく聞こえて、小学校の高学年にもなると、言いつけを守らないで暗くなってから帰る事も多くなった。
加奈子はまだ小学校に入る前に、怖い経験をしていた。
その頃家にお風呂が無かったのでお母さんと銭湯に行った帰りに、夕闇の中の建物の黒い影の中からスゥッと伸びてくる黒い手を見たことがある。
お母さんはすぐに気づいてその手に向かって何やらブツブツと唱えながら手を動かした。
すると、その手はスッと黒い影の中に消えて、見えなくなった。
「加奈子、今、手が伸びてくるのが見えたわね。」
お母さんは加奈子と手をつなぎながら言った。
「うん。」
加奈子はお風呂から出たばかりだというのに、手が冷たくなっていた。
「ああいう黒いものにつかまらないように、おばあちゃんの言うように暗闇の影に自分の影がつかまらないうちにおうちに帰ってくるのよ。」
「わ・・わかった。」
その頃は、まだお父さんとお母さんと加奈子と健次の4人で小さな県営住宅に住んでいた。
お父さんは、子供ができてからも、まだそんな迷信じみたことを言っているお母さんの事が嫌になって、家を出て行ってしまった。
それからは、おばあちゃんと一緒に暮らすことになって、これまでよりも少し田舎のそれでもこれまでよりは広い家に引っ越したのだ。
健次は小さい頃からそう言ったものを見ることもなかったので、怖がると言う事もなかった。
加奈子が中学2年の時、健次の帰宅が随分と遅い日があった。
「ただいま・・・」
健次は夜の10時になってからようやく帰ってきた。
「遅かったじゃないの!何してたの?!」
お母さんは健次を怒ったが、健次はなんだか様子がおかしかった。
健次の目は全てが炭のように黒くなり、裏返ったような声でお母さんに向かって話しかけた。
「あぁ、ただいま。ご飯・・た・・たべ・・たべたべたいぃぃぃぃ」
そういうと、いつもの健次の手ではない細長い黒い手がお母さんの方に伸びてきてお母さんの腕を掴むとかみついたではないか。
「あぁっ・・健次は、健次はどこ?」
加奈子が叫んでいる間に影はどんどん大きくなってお母さんを飲み込んだ。
「おばあちゃん!」
加奈子は急いでおばあちゃんを呼びに行ったが、おばあちゃんは慌てなかった。
「大丈夫だ。お母さんは強いでな。」
突然、ぱぁんっと音がして、黒いものがはじけ飛んだ。
家のどこにも黒いものはなくて、入り口の近くに健次が倒れていた。
お母さんはハァハァと荒い息をしていたけれど、急いで健次の元に駆け寄り、背中をバンバンと叩いた。
健次は黒い何かを吐き出した。
それはもぞもぞと動いたが、お母さんはぐしゃっと踏みつけた。
黒い何かは消えてしまった。
「健次、健次。」
お母さんが呼んだ。
「あ・・あれ?ただいま。」
「なんでもっと早く帰らなかったの?」
「一太の所でゲームしてたら、いつの間にか外が暗くなってて、急いで帰ろうとしたら、途中で急に真暗になったんだ」」
「影が濃くなって、暗闇に引きずり込まれたんだよ。今度から、外が暗いと思ったら家に電話をかけなさい。迎えに行くから。」
翌日には、おばあちゃんは長く住んだその家を引き払い、おばあちゃんの実家だったというさらに山奥に引っ越した。
一度家がばれてしまうと黒いものにつかまりやすくなるのだと言われた。
その日から、加奈子と健次は学校から帰るとおばあちゃんに九字という護身法を教わることになった。昔お母さんがお風呂の帰りに唱えたものと似ていた。
おばあちゃんが言うには、まずは九字切りから。それからもっと色々な加護や攻撃、護身の呪文を覚えていくのだという。
それが加奈子の生まれた黒黒家の習わしだという。
一度憑かれてしまったからには健次もまた最低限の護身法を学ばなければいけないという。
そうして、どちらか一人が黒黒家を継げるようになるまでは黒いものにはもっと注意して過ごさなければならないと言われた。
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