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加奈子と健次
二人の姉弟は健次が危ない目に遭った日から何年も修行を続けた。
健次は思いのほか真剣に修行に取り組んだ。
あの時の経験が余程恐ろしかったのだろう。
それに、あの危ない目に遭った後には、健次にもあの黒いものたちが見えるようになっていたのだ。
黒黒家は加奈子たちの知らない所に結構沢山の親戚がいることも大きくなるにつれてわかってきた。
皆、全国の山奥に住んでいて、殆ど交流はないが、おばあちゃんたちの代では、今、次の代の跡継ぎを各家で育てているのだと、ある日、聞かされた。
おばあちゃんは、この地域の黒黒家の代表ではあるが、全ての黒黒家を司る当主様ではないのだという。
現在の当主様は加奈子と健次が住んでいる島根の山奥ではなく、遠い秋田の山奥にいるのだと聞かされた。
どの地域の黒黒家の人たちも、黒いものに見つかる度に建物の陰に潜むことが多い、黒いものから逃れるために、どんどん山奥に引っ越していくことになるそうだ。
当主様が決まる時と言っても、特に親戚が集まるわけではなく、その時が来れば誰が当主様になったのかはわかるのだという。
おばあちゃんは、
「健次は、男児だけれど黒い物の中に入った分、見える力が強いから、もしかしたら当主様になるのかもしれない。」
と、言いながら、何とも悲しい顔をした。
加奈子と健次は顔を見合わせて、
『当主様になるのに、何故そんなに悲しそうな顔を?』
と、不思議に思うのだった。
やがて時が満ちる日が近づいているのが、黒黒家のみんなにはわかった。
いつもよりも暗闇の影の濃い、人の影などうつらぬ新月の夜だった。
夜の闇はいつもより濃く、夜の匂いに、あの黒いものの匂いが混じっているのに黒黒家の誰もが気が付いた。
その時、突然、健次がうめき声を上げ始めた。
「あ・・あぁ、やっぱり、健次が。」
「早く、奥の部屋へ。」
奥の部屋というのは、この家に古くから伝わる座敷牢の事だと、その頃には加奈子も健次も知っていた。
「な・・なんで。俺は。どうなるの?」
「健次、お前が次の当主様になったの。逃れられるといいと思っていたのに。」
健次は苦しそうに身体を捩りながら聞く。
おばあちゃんとお母さんは、加奈子に
「早く手伝って。」
と、言うと、指の先から段々と黒くなっていく健次に触れないように、家にあった「さすまた」で、健次の身体を押しながら座敷牢まで連れて行こうとする。
加奈子は訳が分からないながらも、服までもが黒く変わっていく健次を見て、ただ事ではないと思った。
加奈子もまた「さすまた」ともつと、健次を抑えて、座敷牢まで押していった。
座敷牢に健次が入ると、急いで鍵を閉めた。
それまでは、薄暗くても中が見えていた座敷牢が真っ暗になった。
その中で健次はどんどんと黒くなって、やがては座敷牢の黒さに飲み込まれて見えなくなってしまった。
「健次。当主様は常に暗闇と戦いながら人々が、あの「黒いもの」に取り込まれないように呪文を唱え続けるのが役割なの。」
お母さんは泣きながら言った。
「ふたりとも、他の黒黒家の同年代の者たちよりも修行の力が強くて心配はしていたんだけれど、かといって、手を抜くかどうかはその子供たちの資質の問題なの。男性の当主様は200年ぶりなのよ。
健次当主様。どうか、強い力で皆を守ってあげて。」
加奈子は余りの事に、泣きながら
「ねぇ、そんなことになるんだったら、なんで修業させたの?
健次はこれからどうなっちゃうのよ!」
と、母親とおばあちゃんに食って掛かった。
「これは、黒黒家のしきたりだから。仕方がないんだよ。加奈子は、このまま黒黒家の跡継ぎとして、子孫を残しておくれ。
健次はあの暗闇の中で日々世界中の黒いものと戦いながら生きていくの。」
加奈子はやがて自分の運命を受け入れて、遠い親戚筋に当たる黒黒家の次男坊を婿養子に迎えて、これまでの黒黒家を継いだ人や、嫁に来た人の様に女の事男の子を一人ずつ産んだ。
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