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黒いクレヨン
幸は幼稚園の頃、お絵かきの時間にはいつも黒いクレヨンで絵を描いた。
絵を描いたというよりも画用紙を塗ったと言った方が良いのだろうか。
幸が書いた後の画用紙はいつも真っ黒に塗られて、幸の黒いクレヨンはいつでもすぐに無くなってしまうのだ。
普段は特に問題もないし、お友達とも仲良く遊べているのに、何故、いつも黒く塗りつぶされた絵になってしまうのか、幼稚園の先生たちは頭を悩ませた。
ある時、担任の先生が幸に聞いた。
「ねぇ、なんで、さっちゃんの絵はいつも黒いのかな?」
「え?先生たちには何色に見えるの?」
幸がそう言ったことで、幸が意識的に黒い色を使っているということが解った。
幸の目に見える物はいつも真っ黒だったのだ。
先生たちはようやく気付いた。
幸は盲目だったのだ。
そのかわりテレパスという力を貰っていた。
だから誰かが近くにいれば、その様子を頭の中で見て動くことができたのだ。
でも、お友達が見ている物を上手に描くことはできなかった。
幸の目には何も映らなかったから、色という認識ができなかったのだ。
見えない事が黒なんだというのは、何となく覚えた。
夜寝る時に
「電気を消すわね。」
と、お母さんに言われた後、
「暗いから、トイレに行く時は気を付けてね。」
と、言われていたから。
暗いというのは、私がいつも見ているこの色なんだと思ったのだった。
幼稚園でその色が黒だと言う事を覚えた。
見えないことが解ってから幸がテレパスであることも分かった。
そう言った何らかの能力を持った子は、身体の期間を一部欠損していることは珍しくもなかった。
西暦がずっと昔に終わってしまった未来の事だから。
何度も核戦争が起き、人々はシェルターで過ごすときを重ね、ようやく地表で住むことができるようになった頃のお話だ。
放射能のせいで色々な欠損が起きる子供は生まれたが、そう言った子供は何かしらの能力を備えていたので、生きていく上ではあまり困らないように生まれついていたのだ。
幸は小学校からは盲学校にはいって、ふつうのお勉強の他に、色の勉強をした。
先生たちが思い描いたものの名前と色を一致させていくのだ。
バナナだったら、キイロ。でも、いろいろなキイロがあるんだよ。
といった具合に。その都度、クレヨンを持たせ、絵を描かせた。
先生たちが幸の絵を見ると幸は先生たちの頭の中に自分の絵を見ることができる。
沢山の時間をかけて、幸は色々な色を使って絵を描けるようになった。
大人になる頃には有名な画家となって盲目のアーティストとして、世間からも注目を浴びた。
だが、そんな幸の描く絵の中でも一番人気があった絵は黒い絵の具で塗りつぶされた絵だった。
ただ、幼稚園の頃の様にすべてが黒で塗りつぶされたわけではない。
幸の黒い絵には美しい星が瞬きを見せる、とても素敵なまだ、美しかった頃の宇宙の絵だった。
様々な角度から撮られた昔の衛星写真を、幸は先生たちの頭の中で何度も繰り返し見て育ったのだ。
そして、幸の頭の中にはいつの日か、その写真がまるで映写機の様に写り込んだ。
黒の他に一色だけ青い絵の具を使った美しい地球の見える絵は、今は、もう誰にも見ることのできない美しい、美しい宇宙の姿だった。
【了】
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