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きちんと整備された対向車線はないが、車がすれちがうくらいなら余裕の道。
そこを進む俺の前には、実にのろのろとした、老人が漕いでいる自転車の姿。
追い越したい。でも追い越せない。だから徐行レベルに速度を下げ、自転車の後ろをついていく。
そんな俺の車のう後ろには、もう何台も後続車両の列ができている。
多分彼らには、俺が、とんでもなくのろのろ走る、迷惑なドライバーに見えているんだろうな。
だってこの『自転車を漕ぐ老人』は、俺にしか見えてないだろうから。
人間じゃない。多分、この道で事故で亡くなった人の幽霊。それが車の行く手を遮っている。でも、実際には存在しないからと構わず進んだり、さすがにツッコむのは嫌だからと、かわして追い越したりするのは厳禁だ。
判るんだ。この老人はむしろそれを狙っていると。
抜いて何が起こるかは判らない。突然死するのか事故るのか、はたまた、この老人に憑依されることになるのか。
でも確実に、起こるのはよくないことだろう。
後ろからは、見えない人には『先頭』の俺に対し、時折クラクションが慣らされる。
いっそ後ろの誰かが、痺れを切らして俺ごと老人を追い抜いてくれれば、さっさとこの件は片づくんだけどなぁ。
たけど、さすがにそこまではしない善良な車の列の中、俺は、長い一本道のどこかに脇道が現れ、多分この老人はこのまま前進するだろうから、さっさと曲がっておさらばする、その機会を窺うばかりだ。
追い越せない…完
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