(隠し黒の水彩画) 黒い絵の具は見たのか殺人事件 

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 秀哉と紗月が功の屋敷に着くころ、玄関は立ち入り禁止だ。警察官たちが警戒している。 「こっち」と声を掛けたのは大木祐三(おおき ゆうぞう)。スポーツジムを経営していて、体育系のがっしりした体格は秀哉も知っている。 「大木さんは、さっきから」  事情を知っているふうにも思えて、詳しく訊きたい。名探偵でも現場へ近づけないけれど、どうにかして中のようすをみたい。 「縁側へ。いま草林先生が取り調べを受けている」  大木が言いながら案内する。澄玲が第一発見者なのだろう。  建物を回り込むと縁側があり、中のようすがちょっとは見える。座敷の隅で力なく座る澄玲へ話しかける警察官。  澄玲は長いストレートヘアーに一重の目。和風と言うのが似合う風貌だ。日本語を知らないと英語の翻訳はできない、と主張するのが町で話題にもされていた。  大木が縁側の角を曲がりながら誘導する。 「キッチンの方から侵入したらしく、あっちを調べている」 (ジサツではないのか。いや、まず疑うのが警察だな)  そして、大木が積極的に関わるのに、なにか違和感。   縁側が途切れて、閉め切りの窓から座敷が見えた。白い布で隠されたものをストレッチャーに乗せるところだ。座敷の中央に置かれたテーブルを慎重に調べる警察官たち。 「電話したのは、落ち着いてからかな」  澄玲が電話をかけた状況を、紗月は考えるふうだ。 「警察と救急車が到着して、あらかた調べは済んでいるようだな」 「澄玲さんが聞き取りに、まだ応じているのはなぜ。長いね」 「発見当時の状況は最初に説明しているはず。間が開いて、そのときに紗月へ電話したと」  サツジンらしい、大木が話す。 「おれはしぬ、と書き残されていたが、あれは偽者だと思う」 「おれ。ですかー」  紗月がなにか考えるようにすると、トートバックからオペラグラスを取り出す。 「あの白いモノか」  テーブルに白い紙。たぶん画用紙だろう。確かに文字が書かれていた。秀哉のぶん、と渡されたオペラグラス。いつもペアで持っているのだ。 「一画ずつ書いている。習字、じゃないな」 「絵の具。チュウブからそのまま」  紗月が経験もあるように答える。水彩画の先生なら絵の具は使うだろうけれど、わざわざ、書きにくいだろう。  大木が予想するように言う。 「遺書に見せかけたのだろう。黒い絵の具にヒントがあるはずだ」  おいおいおい、と秀哉は慌てる。絵の具盗難事件とつながるというのか。 「ちょっといいですか」  声を掛ける人物。カードみたいな警察手帳を示す。 「疑うわけではありませんが、昨日の晩はどちらに」  もろに疑っている。 「部屋で。ビールを飲んで寝ました。一緒です」  秀哉は紗月をちょっと引き寄せながら答える。二十歳になって、酒も体験したい秀哉だけれど、紗月は飲まないようだ。きょうも紗月が車を運転した。 「知り合いじゃなかったかな」  大木が口を挟む。 「というより、水彩画教室の先生ですから。知り合いですね」  紗月は不思議がるように答える。大木は何か企んでいた。 「山下先生と食事してるのを見ましたが。あ、秘密ですか」 「なんのことだか」  紗月は怒って腕を組む。大木が企んでいるのは何か。まずは、昨日の夜なにをしたか、アリバイが必要な予感がした。 
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