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秀哉は車の助手席に乗る。運転しながら紗月が不機嫌だ。
「置いておくって。なにか言いたいの」
紗月は怒っているらしい。紗月と山下が食事したことへ、秀哉の対応がわるかったようだ。
「いや。疑ってるわけじゃなくて」
「私に黙って、秀哉も遊びに行くでしょ」
事後報告はしているといいたいが、紗月は続ける。
「私が出かけるときは、根ほり葉ほり、しつこいよねー」
こうなると、言い訳より謝ったほうが良いだろう。
「ごめんなさい。おれも未熟な男さ」
自嘲するように喋る。
「いいのよ。ほら、水彩画教室へ通うときに、先生へ相談したと話したでしょ」
紗月もすぐに機嫌はなおったようだ。秀哉も覚えていた。そのあと、お祝いだと居酒屋へいった。よく食べるなー太るぞ、と口を滑らせて、紗月を怒らせたのだ。女心は複雑なのか、秀哉が鈍感なのか。
災難は続く。秀哉はトートバックを確認しながら気づいた。
「拡大鏡は、忘れた?」
「はあ? 準備するのは秀哉の当番でしょ」
「いや。出かけるときに確認を」
「もぉー。百斤へ買いに行くわよ」
近くのショッピングモールへ道路を左折させる紗月。自分の失敗にはおおらからしい。
「ついでに、なにか食べようか」
「スパイシーハンバーガーが新発売してたから」
紗月の起源も良くなる。いまは事件解決へ集中もしているらしい。山下がどうなったのか、まだ実感は湧かないのも確かだろう。
「気になってたけど。先生は、ぼくって、言ってた。おれ、と遺書に書くのかなー」
「遺書には、いつも使う代名詞だろ。それとも、相手によっては、おれ、と使う」
「そういう人はいるよね。うん、ちょっと」
紗月は考えるようにして話す。
「たまに様子がおかしかったの。隠し黒という技法で水彩画を描いたときだけどねー。人が違うみたいな」
「二重人格とはいえないが、二面性を持っていたとは考えられる」
「それが、犯人の動機と関係あるかしらね」
二人が疑っている大木だけれど、どのように関わるのだろうか。
「まず、裏口から調べましょ」
絵画教室の駐車場に停めて、車から降りる。
ビルは二階建て。カラオケ喫茶と、焼き肉店が階段から上れるようになっていた。
「ここよ」
紗月は袋小路になった場所へ向かう。奥には階段があるけれど、あまり使われてないのか、中途にペットボトルとビニール袋から総菜の欠片が残るタッパーが放置されている。
「人目にはつかないな。それで」
秀哉はさっそく拡大鏡のライトをつけて教室側のドアを眺める。紗月がファンデーションを開けて、指紋採集の準備をする。粉を使うから、ファンデーションでも指紋は採れるのだ。
「ちょっと待って。ここから出入りしてるのか?」
埃で白っぽいドア。壁との隙間も見分けにくい。
「滅多に。泥棒ぐらいでしょ」
紗月はドアノブをみつめる。だてに探偵の真似事はしていない。
「埃だよ。鍵穴も詰まっている」
ということは。ここからは侵入してないはずだ。反対側のスポーツジムへ目をやり、裏口を確かめる。同じように埃まみれだけれど、はっきりと壁との区別はつく。
「くらべても、分かるね。正面か。でも」
言いながら二人は水彩画教室の正面ドアを前にした。
「簡単に泥棒が開けられないな。関係者が中に入ったのだろう」
それなら、指紋を採取しても、正当な利用で、言い訳はできる。
「やはり、机のまわりに証拠が残されているんだよ」
二人は鍵をあけて、水彩画教室へ入った。絵の具の匂いが油っこく感じる。
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