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黒い絵の具は使わない、と如月秀哉は交際していて同棲中の条本紗月から聞かされていた。それでも盗まれたら、いい気持ちはしないだろう。
「ちゃんと犯人を見つける気があるのかしら、警察は」
紗月が紅茶カップを両手で包み話す。水彩画教室に泥棒が侵入したらしい。黒い絵の具がなくなっていたと言うのだ。
「絵の具が一個だけだから。それに教室の鍵はかかっていたと」
密室なはず。秀哉は、紗月がどこかへ落としたか、チリと一緒にゴミ箱に入ったと推理している。捜査した警察官たちも、遺失物との扱いにしたがっていたようだ。鍵がかかっていたか聞き取りだけだったらしい。
「この謎を解くのよ。おざなりの警察に任せられない」
「なおざりにはしないだろう。盗難届けは出したんだから」
秀哉は答えるけれど、思う。警察の捜索には順序もあるだろう。後回しにされていいい案件だ。
「行ってみますか。紗月の絵もみたいしな」
秀哉はキッチンテーブルに置いたままの紅茶を飲み干す。渋い味が目立って舌に残る。
「きょうは私の洗う番だったね。秀哉は靴を準備していて」
紗月は二つのカップをシンクへ持って行った。
二十歳で大学生の二人。出会いは、学園内サッカーボール紛失事件。お互いに推理や謎解きに興味があり交際を始めて、一か年前から一緒に住むようになった。
「髪は切ったな、やっぱり」
秀哉は昨日から気づいていた。紗月のショートカットが前髪だけそのままで、襟元がすっきりして、うなじが見える。
「だね。さすが秀哉。気づいた」
髪型の変化に気付いて欲しいのも女心だろうか。
階段を降りながらお喋りをしているときに、紗月のスマホが着信を知らせる。草林先生か、つぶやいて電話に出た。
「えっ。なんで!」
紗月の驚くような声に秀哉も、何事だ、と耳を澄ませる。音量を大きくする紗月。英語講師の草林澄玲が話している。
「もう、どうしていいか。功先生がシヌなんて。教室の生徒たちに知らせようとおもって。ああ、もうどうしよう」
澄玲は混乱しているらしい。山下功のことを話しているのだろう。
「あの。教室ですか」
紗月も、場所を聞いて駆け付けたいような雰囲気。
「自宅で。朝。会いに来たら。どうしよう。どうしよう」
状況は分かる気がしたけれど、電話で話しても意味はない。
「山下先生の自宅へ行こう」
秀哉が急かす。紗月も、わかった今行く、と通話を終える。
「山下先生がジサツだって。そんな」
とまどい呟きながら、紗月は秀哉の後を追う。山下功は水彩画教室の講師だ。澄玲と婚約したのは町で話題になっていた。
(草林先生とは水彩画教室で会ってないと言ってたが)
紗月と澄玲は、わざわざ知らせるほど仲が良かったのか。
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