紙飛行機

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 部屋の外はすっかり暗くなり雨も上がっていた。 「隆之介、乗って」 「何処に行くの、買い物?」 「それは後で、さぁさぁ乗って乗って」  僕は有無を言わさず車の助手席に座らされた。莉子は鼻唄混じりで運転席に乗り込むとエンジンのスタートボタンを押した。ヘッドライトがポプラ並木を明るく照らし出した。 「ご機嫌だね」 「そうよ、こんなに幸せな夜はないわ」  雨上がりの街は鮮やかで濡れた路面に赤いテールランプと対向車のヘッドライトが揺らいで流れた。寺町の坂の上から下菊橋(しもぎくばし)へと降る急勾配から臨んだ景色はいつか見たホタルイカの街よりも美しかった。 「莉子、ホタルイカだね」 「そうよ、よりも大群のホタルイカよ」  ただ僕にはひとつ不安が残った。僕の母親が2人の結婚を認めてくれるのか、あれ程までに反対し莉子を遠ざけていた両親が許してくれるだろうか。 「ねぇ莉子」 「なに」 「ひとつ心配な事があるんだ」  莉子は霧雨で濡れたフロントガラスの水滴をワイパーで弾きながら僕を横目で見た。 「その事なら大丈夫よ」 「え」 「うちの両親と頭を下げて来たから」 「ええ!もしかして」 「ご子息を下さいって、蔵之介のお母さんは逆に喜んでいたわよ」 「まさか、そんな」  莉子は眉間に皺を寄せて眉を吊り上げた。 「看護師さんが奥さんなら蔵之介も安心ねって、わたし的にはこのクソババァ今更なに言ってんだよって思ったけれど最高の笑顔でご挨拶したわ」 「莉子はなんでも早いね」 「人生は勢いが大事よ」  そう言って莉子はこの17年間を笑い飛ばした。そしてテールランプの波に乗り繁華街を走り抜けた車は九十九(つづら)折りの山道を駆け上って卯辰山(うたつやま)の見晴台駐車場でエンジンを切った。 「すごいホタルイカだね」 「大漁よ」   煌びやかな金沢市街地の明かりが眼下に広がりそれは金沢港まで続いて(けぶ)って見えた。 「綺麗だね」 「寂しい時は此処に来ていたの」 「そうなんだ」 「この灯りの何処かに蔵之介が居るんだって、そう思って見ていたの」  夏の草の匂い、雲の合間から濃紺の夜空が顔を出した。 「蔵之介、見て」  莉子はそう言うと僕の肩を支えながら人差し指で天空を仰いだ。そこには細かな宇宙の塵が煌めいていた。 「蔵之介、獅子座流星群よ」 「え」 「今夜、獅子座流星群が一番見える日なの」 「こんな曇り空じゃ見えないよ」 「見えるわ」  それから流れ星はひとつも流れなかった。然し乍ら僕と莉子にとっては瞬く星が降り注ぐ美しい夜だった。 了
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