5章 ファインダの中の宝物  第3話 思いがけない障害

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5章 ファインダの中の宝物  第3話 思いがけない障害

 写真コンテスト入賞の副賞として賞金が十数万円出るそうなのだが、丸山さんはそれをできる限り、モデルになってくれた女の子とそのお友だちに使いたいとおっしゃる。 「あの写真は俺ひとりでは撮れんかったもんです。せやからできるだけ還元したいと思って。報酬として現金も渡したいんですけど、中学生の子にあまり大金を渡すんもまずいんで、ご飯とかスイーツご馳走したり、コスメ買うてあげたりしようと思って」  そうされたいお気持ちは判る。人物写真はモデルさんあってのものだ。だが……。朔はつい表情を陰らせてしまう。 「あの、丸山さん、差し出がましい様ですけど、現金でもご馳走でも物でも、あまりお渡しにならへん方がええんや無いかと」  朔が遠慮がちに言うと、丸山さんは「え」と漏らし、不安げなお顔をされた。 「まずいですかね?」 「そうですね。適正価格があると思いますよ。えっと、その女の子はフリーのモデルさんってことになるんですよね? それやったらそれ相応のお金なり物なりをお渡しして、それまでにした方がええと思うんです」 「私もそう思います」  陽も口添えしてくれる。朔と同じことを思っていてくれたのかと、朔は安心する。 「確かにモデルあっての入賞やったんやろうとは思うんですけど、相手はまだ中学生ですよね。未熟な子らです。丸山さんのお気持ちは分かるんですけど、相場以上をあげるんは、ややこしなりそうです」 「そうでしょうか……」  丸山さんは肩を落とされてしまう。丸山さんはただ女の子たちに感謝と誠意を示したいだけなのだと思う。そのお気持ちは良く分かる。それでも女の子たちのことを考えると、やはり多くを与えてしまうのは、良く無いと思うのだ。  朔は言葉を探りつつ、口を開く。 「そのモデルさんをされたことは、女の子にとっての初仕事みたいなもんですよね。せやから余計に、相場をお渡ししてあげることが、その女の子たちのためになると思います。それでも、ええと、フリーのモデルさんの相場ってどれぐらいになるんでしょう」 「スチールですから、2万円ぐらいです。ふたりにも2万渡そうと思ってます」 「中学生には大金ですよ。もし親御さんに見付かってしもたら、ややこしいことになるかも知れません。あ、丸山さん、親御さんにご挨拶はしはりました?」  聞くと、丸山さんのお顔がさーっと青ざめた。 「してへん……。そうや、未成年のお嬢さんやねんから、親御さんにちゃんと挨拶せなあかんやん。すいません、俺ちょっと電話して来ます」  丸山さんはバッグを椅子に乱暴に置き、ジャケットの内側に手を入れながら、慌ててお外に出て行った。  丸山さんが戻って来られたのは、10分後のことだった。お疲れになってしまった様で、すっかりと憔悴されている。 「大丈夫ですか?」  朔は丸山さんに温かいほうじ茶をお淹れした。まだご注文をされていないので、カウンタの上には何も無い。だが丸山さんはそれどころでは無い様で、「参りました」とぽつりとおっしゃった。 「モデルになってくれた子……、詩織ちゃんて言うんですけど、お母さんにばれたら怒られるから挨拶は嫌やって。それで俺も巧く説得できひんで」 「知られたら怒られるって、でもスカウトして欲しいて言わはって、エモ写真を撮って欲しがったんですよね。コンテストで入賞されたお写真も表に出るでしょうし。詩織さんスカウトされたらどうしはるおつもりなんでしょうか」  朔の問いに、丸山さんは疲れたお顔のまま口を開く。 「スカウトされたら強行するっちゅうか、モデルになれることは保証されるんやから、親を無視してでも上京するって言うてました。俺もそれは良う無いでって言うたんですけど、大丈夫やって軽く考えてるみたいで」  それはあまりにも行き当たりばったりである。いくら中学生だとは言え、考えが足りていない様に思えてしまう。  丸山さんは唸ってしまわれる。どうしたら良いのか。思案されるが、なかなか考えがまとまらない様である。 「丸山さん、ほうじ茶を飲んで落ち着かれませんか? まだ温かいですよ」  朔が言うと、丸山さんははっと目を開いて顔を上げる。 「すいません、そう言えば注文もしてませんでしたね。うわ、ほんまにすいません」  慌てておっしゃるので、朔は「いいえ」とふわりと笑みを浮かべた。 「大丈夫ですよ。もし食欲が無い様でしたら、今度でもええんですし」  お店に入って何も注文をしないというのは普通ならありえないことだが、美味しく召し上がっていただくのがいちばんである。もしかしたら、お赤飯を食べたら何か良い案が浮かぶかもと思ったのだが、そんな事情は言えないし、無理強いもできない。  それにしても、丸山さん渾身の作品が入賞したという、とてもおめでたいお話だったはずなのに、こんなことになってしまうだなんて。 「いくらなんでもそういうわけには。食欲はまぁ、ちょっとは落ちましたけど、お腹空きました。今日のお惣菜は何ですか?」 「煮浸しはピーマンで、卵焼きは紅生姜です。あとは里芋の煮っころがしと、ズッキーニのきんぴら、モロヘイヤと海苔の炒め物です」  煮浸しのピーマンは、綺麗な緑色と歯ごたえが残る様に、余熱で調理している。お揚げから出る旨味をまとって、爽やかな味わいが引き立っている。  里芋は秋が見える今が旬になる。皮付きのまま茹でてから包丁を使わずに皮を剥いているので、可愛らしいころんとした形がそのまま生かされている。お出汁にお砂糖やみりん、日本酒にお醤油で調味した煮汁でことことと煮含ませた。ねっとりとした食感が心地よい、ほっとする味わいに仕上がっている。  ズッキーニは斜めの輪切りにしてから太めの千切りにし、ごま油で炒めてから調味をし、仕上げにすり白ごまをまとわせた。うり科独特のほのかな癖に白ごまが合わさり、風味を上げるのである。  モロヘイヤはざく切りにし、米油で炒めてから荒くちぎった海苔をたっぷりと加え、みりんと風味付けのお醤油で軽く調味した。海苔の風味がモロヘイヤの味わいを包み込み、さっぱりと食べやすい一品になっている。  紅生姜の卵焼きは、艶やかな黄色の中に鮮やかな赤が映え、食べるとぴりっとした良いアクセントになる。卵の甘みと高め合うのだ。 「卵焼きと、えっと、そうやなぁ、里芋ください。それと豚の生姜焼きお願いします。ご飯は赤飯で」 「はい。お待ちくださいね」  陽が生姜焼き作りを申し出てくれたので、朔は小鉢にお惣菜を盛り付け、お茶碗にお赤飯をよそってごま塩を振り、お椀にお味噌汁を注いだ。今日のお味噌汁の具ははしめじである。  それらをまずはお出しする。 「お待たせしました」 「ありがとうございます」  丸山さんはカウンタに並べられたお料理から、まずはお味噌汁をずずっとすすり、さっそくお赤飯を口に運ぶ。ゆっくりと咀嚼し、ごくりと飲み込んだその時。 「あ」  何かを思い付いた様に、お声を漏らした。先ほどまで刻まれていた眉間のしわもすっかりと取り払われていた。 「ええこと思い付きました。巧く行ったら、いやいかんでも、また相談さしてもろうてええですか?」 「私らでお役に立てるかどうか……」  朔が戸惑うと、陽は明るく言い放つ。 「少なくともお話を聞くだけはできますから。いつでもお気軽にどうぞ」 「ありがとうございます」  丸山さんは安心した様に頬を和ませた。
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