1章 「あずき食堂」に至るまで  第2話 商売のススメ

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1章 「あずき食堂」に至るまで  第2話 商売のススメ

 それから(さく)(よう)は、家にいる時はマリコちゃんと遊ぶことが多くなった。年相応にテレビゲームや携帯ゲーム、スマートフォンなどを買い与えてもらえた。  ゲームは双子の部屋のテレビに付けてもらったので、マリコちゃんも一緒にシューティングゲームやアクションゲームなどを楽しんだ。  そうして双子は成長し、しかしマリコちゃんは変わらない外見のまま時は過ぎた。  大学在学中の就職活動中、とにかく就職先を決めなければと四苦八苦していた時、手応えの無い面接終わりで消耗していた双子にマリコちゃんは言った。 「朔、陽、お前たちが就職などせずに商売をすると言うのならわしが手伝ってやるぞ」  その言葉に双子は揃って「へ?」と間抜けな声を上げた。双子が知る限り商売をしている縁者がいなかったこともあって、それは思いもよらぬことだった。いちばん身近な大人でもある父親が会社員ということもあって、当然の様に就職するものだろうと思っていた。 「私らが? 何か商売をするってこと?」 「そうじゃ。食べるものを出す店なら尚良しじゃな」  それにも双子は面食らう。 「私ら料理なんかほとんどできひんよ。食べるんは好きやけど」 「紗江(さえ)は料理上手じゃろ?」 「そりゃあなぁ」  双子の母はお料理上手だった。専業主婦だということもあったのか、ほぼ毎日美味しいご飯を品数多く作ってくれた。双子もそれにすっかりと甘えてしまっていたのだが。 「そうじゃな、まずは紗江に教えてもらうと良いの。後は現場で修行をするが良い。あるばいとでも良いぞ」 「お母さんに料理を教えてもらうんはええけど、就職せずにアルバイトって、お父さんもお母さんもはいって言うてくれるやろか」  朔が顔をしかめると、マリコちゃんはにっこりと微笑んだ。 「大丈夫じゃ」 「そうやろか」  朔は半信半疑である。両親は双子が夢を持ったとして、それをやりたいと言った時に頭ごなしに反対する様な親では無いと思いたいが。 「それにさマリコちゃん、私ら正直料理に興味無いで」  陽に朔まで一緒くたにされてしまったが、事実ではある。 「そんなのはやってみなければ分からん。お前たち、学校の授業でぐらいしか包丁持ったこと無いじゃろ」 「まぁなぁ」  応えつつ陽は渋面を崩さない。 「とりあえずやってみると良いぞ。料理を教えてくれと言えばきっと紗江も喜ぶじゃろう」 「そうか?」 「そうじゃ」  マリコちゃんはまるで確信しているかの様に笑って頷く。なので双子はその日の夕飯の時に母に言ってみた。 「なぁお母さん、料理教えて欲しいんやけど」  陽の言葉に母は「あら」と驚いて目を見開く。 「突然どうしたん。陽、あんた料理に興味でもあったん?」 「陽だけや無くて私も教えて欲しいねん」  すると母の目がさらに見開かれる。父も驚いていて両親は顔を見合わせた。 「驚いた。ほんまにどうしたん」 「うん、ちょっと興味が出て来て」  マリコちゃんのことは言っても信じてもらえないだろうから、朔はそう言ってごまかす。実際は興味が出るかどうかすらもこの時には分からなかったが。 「じゃあ明日の晩ご飯、一緒に作ってみる? まぁ将来のこと考えても、できた方がええしね」  そして翌日、双子は母親と一緒にキッチンに立った。  結論から言うと、お料理は面白いものだった。母ができるだけ難しい作業をしなくても大丈夫なお献立を考えてくれたこともあるが、家庭科の授業を思い出しながら、そして母の教えに従いながら調理を進めて。  母はあまり手出しをせずに、辿々しい手付きの双子に根気よく付き合ってくれた。  ごろごろとした野菜などを丁寧(ていねい)に処理をして、徐々にお料理という形になって行くのが楽しかった。  そうしてできあがったその日の晩ごはんは、いつも母が作ってくれる品数よりはぐっと少なかった。  じゃがいもと人参の皮を剥かずに作った肉じゃが、小松菜のごま和え、お揚げと舞茸のお味噌汁。  教えてくれた母も仕事から帰って来た父親も、仕上がってテーブルに並べられた夕飯を見て嬉しそうな笑顔になった。 「朔、陽、凄いな! これお前らが作ったんか」 「そうやねん。ふたりとも上手やったで〜」  もうすっかり親ばかである。双子もそれは分かっているが、それでも嬉しくて「へへ」と照れた顔を見合わせた。 「さ、食べよ食べよ。お父さんは早く着替えといで」 「ああ」  父は小走りで部屋へと向かう。母と双子は先に席に着いた。すると間も無く部屋着に着替えた父が転がり込む様に戻って来た。 「あなた、そんなに慌てんでも」  母がくすりと小さく笑うと父は「早う食べたくてさ」とにこにこ顔だ。母は呆れた様に。 「私が作るご飯にはそんな風にならへんのに。もう」  すると父は「いや、いつも楽しみで感謝してるで」と焦る。母はまた「ふふ」と笑みを浮かべる。 「冗談や。さ、いただきましょう」  父がいそいそと食卓に着き、そして双子の間にはマリコちゃんがふうわりと浮いていた。マリコちゃんは昔はテーブルの片隅で人の目を盗んでお裾分けをいただいていたが、双子が声を掛けてからはこうして双子に挟まれて双子の皿からご飯を摂っていた。  4人とひとりは「いただきます」と手を合わせ、お(はし)を取る。双子はどきどきしながらじゃがいもにお箸を入れる。それはほろっと崩れた。  はふはふと口に運ぶとほくほくに煮上がっていた。付いたままの皮が少し歯に当たるが、それもまた旨みになっている。  人参も皮付きのままだが柔らかく仕上がっていて気にならない。乱切りにしたそれもほっくりしっとりと仕上がっている。  お肉は牛肉の切り落としを使った。最初に焼き付けたのでほのかな香ばしさがある。みりんを使わずお砂糖と日本酒で甘みを入れたので、柔らかくふわふわに仕上がっている。  つるんとしたしらたきも良い歯ごたえだ。彩りに加えたグリンピースもぷちっとしたアクセントになっている。  そして食材全てに優しいお出汁の味が沁み込んでいる。母の作る料理はどれもお出汁を効かせたもので、それに慣れ親しんだ双子の舌に嬉しい味に仕上がっていた。  小さかったり若かったりすると濃いめの味付けを好みそうなものだが、母はそれに左右されず身体に優しいご飯を作ってくれていた。小さい子が好きなハンバーグやオムライスなどの洋食もたくさん食べさせてくれたが、それはどれも素材の味をしっかりと活かし、そしてお出汁を味わえるご飯だった。  だから自然とそれが双子の好みになって行った。たまに食べるファストフードやファミリーレストランのご飯も美味しいとは思うが、やはり少し味が濃いなと感じてしまうのだ。  父と母を見ると、ふたりとも「美味しいなぁ」「ほんまにねぇ」とにこにこと嬉しそうにお箸を動かしている。 「朔、陽、凄く上手に作れたな!」 「ほんまやね。とても美味しいわ!」  そう手放しで褒めてくれる父と母。その笑顔と嬉しそうな声が双子の胸にじわじわと染み入る。  お料理は確かに楽しかった。マリコちゃんの言う通りやってみなければ分からないのだとしみじみ感じた。しかしなによりも大きいのが、こうして自分たちが作ったものを人が美味しいと喜んでくれる嬉しさだった。  この料理は母に教えてもらった通りに作ったものだ。だから厳密に言うと全部双子が作ったとは言えないかも知れない。誰かのために何かをしたのも初めてでは無い。なのにどうして今がこんなにも喜ばしいのか。  晩ごはんを終え、部屋に戻った双子はマリコちゃんに代わる代わる楽しかったこと、嬉しかったことを訴えた。するとマリコちゃんは「やはりな」と満足げに頷く。 「そうなると思っておった」  それに双子が「なんで?」と問うと、マリコちゃんはにっこりと微笑んだ。 「お前たち、いつも本当に美味しそうにご飯を食べておるからの。まぁ作ることが楽しいかどうかは賭けではあったが、わしの予想通りじゃったな」 「そうか? 私らそんな風やったか?」  陽の驚いた様なせりふに、朔も気付かなかったと目を丸くする。 「そうじゃ。自覚はしておらん様じゃがな。作ることと食べることの楽しさは同じでは無いがの、食べることが好きなのであれば、美味しいものを作れる様になりたいと思うのでは無いかと思ってな。どうじゃ?」 「確かに。次はもっと上手に作りたいって思うわ」 「うむ」  朔のせりふにマリコちゃんは嬉しそうに口角を上げた。 「また紗江に教えてもらうと良い。そうしてもっと巧くなると良い。そしたら商売もできるじゃろ」 「まだそこまでは考えられへんけどね。始めたばかりやもん」 「ふふ。成長が楽しみじゃな。肉じゃがもごま和えも上手にできておったぞ。味噌汁も旨かった」  マリコちゃんの賛辞は双子のちょっとした自信になった。  そうして母にお料理を教えてもらいながら就職活動も続け、内定をもらった先は普通の企業だったが、双子の料理の腕はそれなりに上がっていた。それと同時に毎日の食事作りの大変さも知った。  母は文句ひとつ言わずほぼ毎日ご飯を作ってくれていたが、口にしないだけで面倒な時もあっただろうし、体調が芳しく無い時もあっただろう。本当に感謝しか無い。初任給が入ったら母のためにレストランを予約しようと双子は話し合った。 「どうじゃ。商売をする気にはなったかの?」  大学もあとは卒業を待つばかりとなったころ、マリコちゃんは聞いて来た。双子は「う〜ん」と唸る。 「そう簡単に決められへんよ。それに商売始めるってお金かなり要るしね」 「そうやんな。私らバイトしとったけどバイト代は全部小遣いになっとったしな。まずは貯金からやな」 「そうやね」  するとマリコちゃんは「うむ」と頷く。 「お前たちはなかなか堅実じゃな。しかしわしもかなり待ったからのう。そうじゃな、開業資金に宝くじを当てることにしよう」 「え? 宝くじ?」  双子が揃って驚くと、マリコちゃんは「そうじゃ」と鷹揚(おうよう)に頷く。 「そうじゃの、とりあえず1,000万もあれば足りるかの。朔、陽、それぐらいの金額が当たる宝くじを買うて来るんじゃ」 「いやいやいやマリコちゃん」  事も無げに言うマリコちゃんに双子は焦る。それは確かに都合が良いのだろうが。 「マリコちゃんは座敷童子やからそんなこともできるんやろうけど、それはなんか違う気がするわ」 「やんな。店を持つなら自分らの力でやらんと。借金かてするやろうけど、そうやって商売してる人かて多いやろ」 「わしは借金は嫌いじゃ」  マリコちゃんはそう言って膨れる。その仕草は見た目相応の幼女の様だ。 「どっちにしても私らにまだ商売できるスキルもあらへん。お母さんに教えてもろてるっつっても素人レベルや。それに免許とかもいるしな。でもマリコちゃん、なんでそんなに私らに商売させたがるんや」  陽の言葉にマリコちゃんはきょとんと目を丸くする。 「わしは座敷童子じゃ。謙太(けんた)と紗江を気に入ってここに来たが、本来ならわしは商家、商いを繁栄させる妖怪じゃ。そろそろ本来の役割を果たしたい。わしがこの家に来た時にはすでに謙太は会社に雇われておったし、何より謙太と紗江にわしは見えんからの。伝えることもできん。じゃがお前たちにはわしが見えた。好都合じゃ。お前たちに商売をしてもらえば良い」 「それは、座敷童子にとっては筋が通ってるんかも知れへんけど」 「うん。私らからしてみたらどうにも後ろめたいわ。お店を構えるために苦労してる人なんで山ほどおるやろ?」  双子は困ってしまう。するとマリコちゃんは呆れた様な感心した様な溜め息を吐いた。 「本当に謙太と紗江は本当にお前たちを良い子に育てたのう。解った。あと少し待とう。お前たちがその気になるまで、などと悠長なことは言わん。そうじゃな、2年と言ったところか。それぐらの期間があればどうにかなるじゃろ」 「それなんやけどさ、私ら、仕事始まってそこそこお金貯めたら、夜間の調理学校行って調理師免許とか取ろうって話しとってん」  陽が言うと、マリコちゃんは「そうなのか!?」と顔を輝かす。 「そうやで。お母さんからお料理教えてもろて、ある程度基礎はできてるかなって思うけど、やっぱりお金もらうとなるとそれじゃ足らんよ。ちゃんと「お店のご飯」を作れる様にならんとね」 「そんなものなのかの?」 「そんなもんや。美味しくて居心地の良いお店作りをせな、お客さんなんて続かへんで。そのためにちゃんとプロの料理を習わんとな」 「そうか。お前たちがそこまで考えてくれておると思わず、急かしてしもうたな。すまん」  マリコちゃんがちょこんとと頭を下げる。 「いや、私らも言わへんかったからな。一応考えとるからさ、もうちょっと待っとってや」  陽が言うと、マリコちゃんは「うむ」と満足げに頷いた。
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