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5章 ファインダの中の宝物 第5話 夢が本物になったら
丸山さんのお話をお伺いしていると、どうも丸山さんは詩織さんの夢を応援しつつも、それが頓挫してしまっても良いと思っておられる様に感じる。
一見冷たい様にも思えるが、これが丸山さんの思いやりなのだと朔は思う。
詩織さんは確かに、今は「モデルになりたい」と思っておられるのだろう。だがまだ中学生だ。周りが詩織さんの将来を狭めてしまってはいけないのだ。
高校の3年の間に触れ合うものもあるだろう。そこで他の夢を抱く可能性だってある。もちろんモデルさんへの道を諦めないのであれば、丸山さんは全力でバックアップするだろう。
様々な選択肢を視野に入れつつ、丸山さんや親御さんたち大人は見守って行かなければならないのである。
「モデルさんに限らず、詩織さんにとってええ様になるとええですね」
なので朔がそう言うと、丸山さんは「はい」と笑顔で頷かれた。
「ほんまに。夢は無限ですからね。ええ様になって欲しいです」
本当にその通りだ。若い詩織さんの前途が良いものになる様に。朔も願わずにはいられなかった。
「あの、詩織ちゃんとそのお友だちにここの話をしたら、来たいて言うてて。今度連れて来てええですか?」
「ええ、もちろんですよ。でもうちはメインはともかく、お惣菜は若いお嬢さんが好まはりそうなもんはありませんよ」
「多分大丈夫です。メインにがっつりしたもん頼んでもろたら。それに、特に詩織ちゃんにここのお赤飯を食べて欲しいんです。何かええことっちゅうか、そういうのんがあるやろかて思ったりして。俺みたいに」
丸山さんは「あずき食堂」のお赤飯で良いことがあると信じておられる様だ。それは確かにその通りであるのだが、マリコちゃんのご加護が届くかどうかは、食べたお客さまの日々の努力などによる。詩織さんにも届いてくれると良いのだが。
もちろんそんなことは丸山さんには言えないので、朔は「ええことあったらええですね」と微笑むに留めた。
「ちょっと遠いんで、車で迎えに行かんとな〜」
「あら、どちらなんですか?」
「詩織ちゃんもお友だちも、谷六なんです」
通称谷六、谷町六丁目駅は、大阪メトロ谷町線の駅である。都心までの交通の便が良いのだが、マンションや戸建ても多い住宅街である。大阪屈指の観光地でもある大阪城公園に徒歩で行ける距離だ。
「せやから入賞した写真も、大阪城公園で撮ったんです。西の丸庭園やったら開けてて、空背景に撮れますからね。あ、最初に出張撮影で呼び出されたんも城公園で。そん時も西の丸庭園で。まだぎりぎり桜が残っとって、それと一緒に撮って欲しい言うてね」
「ああ、西の丸庭園は桜が凄いらしいですねぇ」
長年曽根に住まう双子は、桜のお花見と言えば服部緑地か、もっと手近なところなら隣駅岡町駅が最寄りの桜塚公園、通称ぞう公園である。
服部緑地の最寄り駅は北大阪急行の緑地公園で、曽根から電車で行くとなると大阪梅田駅に出てから大阪メトロ御堂筋線に乗り、北大阪急行に乗り入れることになる。
だが直線距離だとそう遠くも無く、曽根駅前からはバスも運行している。本数は少ないが、時間にさえ気を付ければ手軽に行けるのである。
また、曽根方面から見ると、緑地公園駅は服部緑地の最奥である。公園までなら散歩がてら歩いて行くことも可能なのだ。
服部緑地は春になると桜が見事なのだが、こどもの楽園や、ガリバー公園の名で親しまれているいなり山児童遊戯場では子どもが遊べる遊具があったり、マラソンに勤しむ利用客も多い。フラワー通りや都市緑化植物園では季節の花々に触れ合うこともでき、バーベキュー施設もあるのである。
そんな公園が身近にあることで、お花見目当てで大阪城公園に行く機会がそう無かった双子なのだった。大阪や関西のテレビ番組で、桜関係のニュースなどの時には大阪城公園の桜が映されることも多いが、実際に見ることはなかなか無いのである。
「凄かったですよ。俺も出張撮影とは別に撮りに行きましたからね。この辺やったら、やっぱり服部緑地も見事ですけど」
「うちはやっぱり、お花見言うたら緑地ですかねぇ」
「そうですよね。わざわざ城公園に行かんでもねぇ」
大阪城公園の最寄り駅は大阪城公園駅か森ノ宮駅などいくつかあるのだが、この2駅ならJR環状線になる。大阪梅田駅に出てから乗り換えることになるので、大阪城ホールでのライブや、約束などご用が無ければなかなか行かないのだ。
「俺は仕事もありますし、フットワーク軽ぅ無いとね」
「そうですね。出張撮影でもあちこち行かれますもんねぇ」
「これからもあちこち行きますよ。詩織ちゃんの撮影もそうなんですけど、景色とかもやっぱり撮りたいんで、また見てもろうてええですか?」
「もちろんです。楽しみです!」
朔が心からの笑顔を浮かべると、丸山さんは嬉しそうににっこりと口角を上げた。
「うむ、今日も旨いぞ」
営業終了後、いつもの光景となっている。マリコちゃんは余りのお惣菜を食べながら、満足げに頷いた。
「マリコちゃん、営業前にも食べとるのに」
陽がおかしそうに言うと、マリコちゃんは「ふん」と小さな胸を張った。
「営業前と営業後では、何か違うのじゃ」
「何がちゃうねん」
陽はまた面白そうに笑う。朔もつい「あはは」と笑みを零した。
「でも陽、マリコちゃん、丸山さん、ええ様になったみたいで良かったよねぇ」
朔が言うと、陽は「あ、ほんまやなぁ」と破顔するが、マリコちゃんは「ううむ」と渋い顔を浮かべる。
「マリコちゃん? 気に入らへんの?」
朔は今はあの結論がベストだと思う。だがマリコちゃんは違うのだろうか。
「わしは、もでるとやらになりたいと言う詩織も応援したいと思う。じゃから「あずき食堂」に来るのも歓迎じゃ。でも丸山は、詩織がもでるとやらにならんでも良い様な言い方をしとった。どういうことなのじゃ」
それは朔の中ではすでに解決していたことで、きっと丸山さんも同じお気持ちだったのだと思う。双子は顔を見合わせ、陽は少しばかり苦笑いを浮かべた。
「マリコちゃん、丸山さんは詩織ちゃんにモデルになって欲しく無いんや無くて、他の道もあるでって言いたかったんやと思う」
陽はそう言って、朔に目配せをした。やはり陽も丸山さんとのお話を聞いて、朔と同じことを感じていたのだ。双子とは言え、感性がまるで同じというわけでは無い。だからこれは密かに嬉しいことでもあった。
「私もそう思ったわぁ」
だから朔は明るくそう言った。
「モデルさんて、大変なお仕事やと思うで。それは丸山さんが良う解ってはると思う。親御さんの心配もやけど、せやから高校の3年間で、もし他になりたいもんとかができたら、それでええんやって思ってはるんやと思うねん」
「そしたら、なぜ丸山は詩織を自分の被写体にしようとしたのじゃ?」
「それも詩織さんのためやと思う。少なくともモデルさんってお仕事できるんやから、嬉しいんとちゃうんかなぁ」
「詩織は雑誌とやらの被写体になりたいんじゃろう?」
「そんな簡単や無いけどなぁ」
陽がからからと笑う。
「そうなのかの?」
「そうやと私も思うで。そもそも雑誌のモデルさんになることそのものが難しいと思う。なれても続けて行くことかて難しいと思う。芸能界って、多分私らとかマリコちゃんが思ってるより大変なんやと思うんよ」
「ふむ。てれびを見ていると、能天気そうな人間もたくさんおるが、確かに活躍している者ほど抜け目が無い感じがするのう」
「マリコちゃん、言い方」
陽が笑い声を上げる。
「何かおかしかったかの?」
マリコちゃんはきょとんと目を丸くする。それがまたおかしかったのか、陽は「わはは」と笑い続けた。
「まぁまぁ。ともあれマリコちゃん、丸山さんも親御さんも、ちゃんと詩織さんのこと考えてはるから、大丈夫なんやで」
するとマリコちゃんは「そうか」と納得してくれた。
「それなら良いのじゃ。詩織は良い大人に恵まれておるの」
「そうやね」
「詩織の夢が本物になった時、赤飯を食うてもらいたいものじゃ」
「ほんまやね」
朔が笑みを浮かべると、マリコちゃんもにっこりと笑う。陽は一体何がつぼにはまってしまったのか、未だ笑い続けていた。
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