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四方山話その3 玉ねぎ大好き猫又ちゃん
「にゃあ!」
開店のため仕込み中の「あずき食堂」に響き渡る、明るく可愛らしい猫の鳴き声。カウンタ内の厨房で作業をしていた双子が顔を上げると、カウンタの上にちょこんと腰を降ろしていたのは1匹の黒猫だった。
「あ、サリーちゃん、こんにちは」
「こんにちはー」
双子が挨拶をすると、サリーちゃんと呼ばれた黒猫は「こんちにゃ!」と元気に挨拶をした。
サリーちゃんは猫又なのである。ぱっと見普通の猫と変わらない容姿なのだが、尻尾が二股になっている。
猫又は山の中に棲まう獣性のものと、人に飼われていた猫が化けるものがあり、サリーちゃんは後者である。
サリーちゃんは老夫婦に大事に大事に飼われていた。サリーちゃんも年々歳老いて行き、老夫婦とどちらが先に召されるかなんて言って、ご夫婦はサリーちゃんを撫でながら笑っていたそうだが、結果、サリーちゃんが先に天寿を全うした。
ご夫婦は嘆き悲しんだ。魂となったサリーちゃんはその様子に胸を痛め、まだご夫婦のそばにいたいと猫又になったのだ。
猫又になってしまえば普通の人間には見えなくなってしまう。だがサリーちゃんは老夫婦のそばに居続けた。数年後、老夫婦は介護施設に入ったのだが、そこにも付いて行った。そしておふたりが相次いでこの世を去られるまで、ずっとそばにいたのだ。
それからサリーちゃんのきままな生活の始まりである。野良猫の様に外を散歩し、身軽にあちらこちらに足を伸ばす。その合間に「あずき食堂」でお赤飯とおかずを食べるのである。
「今日も玉ねぎポン酢食べる?」
「にゃあ」
朔の問いにサリーちゃんはご機嫌で応える。本来、玉ねぎを始めねぎ属の食べ物は猫が食べてはいけないものである。だが猫又になってしまえば関係無い。サリーちゃんは玉ねぎの味をストレートに味わえる玉ねぎポン酢を好んで食べていた。
サリーちゃんとの出会いは1年ほど前、自宅から「あずき食堂」に出勤する時だった。一緒に歩いていたマリコちゃんが道端で見つけたのだ。
「あずき食堂」の外だったので双子には見えなかったのだが、何やら話し掛けたマリコちゃんは、サリーちゃんを伴って双子と一緒に食堂に向かった。そして店内に入った時、初めてその可愛らしい姿とご対面したのである。
サリーちゃんは毛並みの良い綺麗な黒猫だった。後で朔が調べてみたところ、黒猫はとても人懐っこく、甘えん坊で穏やか、頭が良いなどの特徴がある様だ。毛の色で性格が変わるなんて、猫はおもしろいなぁと思ったものだ。
確かにサリーちゃんは愛想が良い。黒猫なので表情は分かりにくいが、いつでもにこにこしているイメージである。
マリコちゃんに「あずき食堂」に連れて来られたサリーちゃんは、双子にすすめられてまずは椅子に上がる。だが当然ながら高さが足りなかったので、カウンタに上がってもらった。実体の無い妖怪なのだし大丈夫だと思うのだが、もし汚れたら拭けば良い。
「猫又、お前、名前はあるか?」
マリコちゃんの言葉にサリーちゃんは「にゃあ!」と嬉しそうに応える。
「サリーにゃ」
「サリーか。可愛い名前じゃ。サリー、赤飯食べるか?」
「お赤飯! 飼い主さまがたまに食べていた赤いご飯にゃね。食べてみたいにゃ」
それでサリーちゃんが元は飼い猫だったことを知った。お行儀の良い猫だったので、そういうところも滲み出るのだろうか。
「他、なんか食べたいもんあるか?」
陽が聞くと、サリーちゃんは少しもじもじしながら言った。
「玉ねぎが食べてみたいにゃ」
「え、でも玉ねぎとかおねぎ類って、猫ちゃんは食べたらあかんのとちゃうん?」
朔が目を丸くすると、サリーちゃんは「大丈夫なのにゃ」と胸を反らす。
「猫又になったので、おねぎ食べられる様になったのにゃ。生きてる間は食べさせてもらえなかったにゃ、一度食べてみたかったのにゃ」
その頃は春先で、新玉ねぎが出回っていた。「あずき食堂」でもお惣菜に良く使っていた。
「ほな玉ねぎがしっかり味わえるのん作ってみよか。仕入れとかこれからやから、ちょっと待ってね」
「にゃあん!」
サリーちゃんが陽気に返事をした時、開き戸ががらりと開けられ、いつもお野菜を持って来てくれる八百屋さんが「まいど!」とお顔を出された。
そうして朔が用意したのが、新玉ねぎポン酢なのだった。薄切りにした新玉ねぎに削り節とポン酢を掛けただけのシンプルなものだ。だからこそ新玉ねぎの爽やかさと甘みがしっかりと味わえるのだ。
これまで何度も来てくれて、他にも玉ねぎ料理は食べてもらった。だが結局サリーちゃんがいちばん気に入ったのが玉ねぎポン酢だったのだ。最初に食べた時の衝撃が忘れられないとのことだった。
朔が玉ねぎポン酢を作り、陽が炊き上がったばかりのお赤飯を用意する。今も季節は春なので、新玉ねぎを使うことができた。
「はい、サリーちゃんお待たせ」
「たんと食べや〜」
「ありがとうにゃあ!」
カウンタに新玉ねぎポン酢とお赤飯を置くと、サリーちゃんはぺこりと頭を下げてさっそくがっつく。お料理はみるみる減って行った。
「サリーちゃん、次はどこに行くん?」
朔が聞くと、サリーちゃんは「うなん」と鳴く。
「北海道に行くにゃ。飛行機に乗るのにゃ」
妖怪になると基本は人間に見えないので、乗り物も乗り放題なのである。満員電車だとベタに網棚の上がマストなのだそうだ。サリーちゃんはそれを最大限活用して、猫又になってからあちこちお出掛けしているのである。
サリーちゃんの飼い主だった老夫婦は旅行好きだったらしく、1年に1度、サリーちゃんを連れて旅行に行っていた。昨今はペット同伴可能なホテルもいくつかあって、一緒に楽しめるのだ。
だがペット連れだとどうしても長距離は難しい。飛行機も乗れないことは無いが、貨物扱いで預けなければならないので、飼い主としては不安が拭えない。なので関西が中心になったのだが、サリーちゃんが来る前は電車や飛行機で遠出もしていたそうなのだ。なんなら海外にも。
ご夫婦はその時に撮った写真を広げて眺めては、サリーちゃんにも見せてくれて「懐かしいわぁ」なんて話をしていたそうだ。
きっとご夫婦は、サリーちゃんの前で口に出さなかっただけで、遠くにも旅行に行きたかったのでは無いか。サリーちゃんはそう察した。自分がいるから行きにくい、そのことを申し訳無く思っていた。
だがご夫婦がサリーちゃんを伴っての旅行を楽しんでいたことも事実なのだ。だからサリーちゃんは行儀良くしつつ、自分も最大限に旅行を楽しんだ。
そしてご夫婦が逝かれたあと、サリーちゃんはご夫婦が見せてくれた写真の旅行先に行くことにしたのだった。
「北海道ええねぇ。お魚とか貝類とか美味しいで。めっちゃおっきい帆立とか。蟹もあるしねぇ」
「そうやな。北海道の春は遅いし、まだ寒いで。風邪引かん様にな」
「妖怪は風邪引かんぞ」
「そうにゃ」
「あ、そっか。あはは」
妖怪2体に突っ込まれ、陽はおかしそうに笑う。
「あ、サリーちゃん、北海道は玉ねぎも美味しいで。玉ねぎの一大産地やで。北海道は淡路島と違ごうて新玉ねぎはあまり出回らんらしいけど、美味しいのあるとええね」
するとサリーちゃんの目がきらりと輝いた。
「楽しみだにゃ!」
サリーちゃんは嬉しそうに目を細め、また「にゃあ!」と鳴いた。
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