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2章 金物屋さんの未来 第4話 親孝行のかけら
「町田も義明も改心した様じゃな」
閉店後、マリコちゃんはあまり物のお惣菜を頬張りながら言った。朔と陽は後片付けを始めている。あまり物の一部はタッパーに詰めた。お惣菜もだがメインに仕込んでいた豚の角煮や牛肉のしぐれ煮、鶏肉たっぷりの筑前煮があるのだ。
「そんな改心て。悪いことしてたわけや無いんやから」
朔が苦笑して言うと、マリコちゃんは「ふん」と鼻を鳴らした。
「良いことでも無いじゃろうが。うむ、今日も旨い。優しい味じゃ」
「開店前にも食べたやんか」
陽が笑うと、マリコちゃんは「旨いもんはいつ食べても旨い」と口角を上げた。
「しかしこれに満足せずもっと精進するんじゃ。怠けは許さんぞ」
褒めつつも釘を刺すことを忘れないマリコちゃんである。朔は「あはは」と笑った。
「解ってる。まだまだ頑張るで。でも町田さんと義明くんのことはほんまに焦ったからね。マリコちゃんが「がっかりじゃ」なんて言うもんやから、町田さんへのご加護が無くなったらどうしようかと思ったわ」
「本当にがっかりしたからのう。じゃが、まぁ持ち直したの。これからは町田に続いて義明にも加護があるじゃろう。真面目な子の様じゃしな。わしとしては町田の嫁にここに来て欲しいがの。ぜひ頑張りを労うてやりたい」
「そうやな。今度町田さんか義明くんが来たら、お母さんにお赤飯の土産はどうかって聞いてみよか」
「それは良いの。町田の嫁なら加護もばっちりじゃろうて」
「これまで仕事から家事から子育てから世話から、何から何までやってはった方やもんね。でもこれから少しは楽できるんや無いかなぁ」
「そうじゃと信じたいがの。町田と義明を信用していないわけでは無い。じゃが少しの間は様子見じゃ」
「疑り深いねぇ、マリコちゃんは。大丈夫やよ」
「ふむ、まぁな。ごちそうさま」
マリコちゃんは大皿を全て空にして手を合わせた。マリコちゃんは妖怪なので食べる量は無尽蔵なのだ。と言っても全皿合わせてもそう多くも無かったが。明太子入り卵焼きは人気で途中で品切れていた。
「片付け終えたら帰るぞ。急げ」
「はーい」
「うん」
朔と陽はせっせと手を動かした。
「あずき食堂」を閉めて家に辿り着いたのはもう日も変わるころ。双子はすでに寝ているであろう両親を起こさない様にそっとドアを開け、静かに廊下を歩く。
五十嵐家は一戸建てで、幼いころこそ自室はふたりで1部屋だったが、今ではそれぞれ部屋を与えてもらっている。双子の部屋は2階で、両親の寝室も2階にあった。
家は防音もしっかりした造りなので、よほど大きな音を立てなければ響くことは無いが、それでも深夜だということもあって双子はあまり物音を立てない様に注意を払った。
洗面所で手を洗ってダイニングに入る。バッグを置いて冷蔵庫を開けると、そこには丁寧にラップが掛かった夜食が入っていた。今日は豆腐と野菜の旨煮である。母が晩ごはんのお献立のひとつを多めに作って、双子に夜食として置いておいてくれるのだ。
朔が器を出し、ラップをふんわりと掛け直してレンジに入れて温める。その間に持ち帰って来たあずき食堂の余り物を冷蔵庫に入れた。
陽がとんすいと取り分ける用のスプーン、お箸を3人分出した。やがてレンジがチンと音を立てる。朔は鍋つかみを使って熱くなった器を取り出してダイニングテーブルに置く。ラップを剥がすとふわぁっとお出汁の良い香りが漂った。
「美味しそうやねぇ。食べようか」
「うん」
「うむ」
双子とマリコちゃんは椅子に掛けて「いただきます」と手を合わせた。スプーンを使ってとんすいに旨煮を取り分ける。
野菜は春きゃべつと人参、もやしと椎茸が使われていて、くたくたに煮込まれている。そこに絹ごし豆腐を加え、塩味で調味して片栗粉でとろみを付けてあった。
優しいお出汁をまとった野菜はとても味わい深く、豆腐はつるんと喉越しが良い。この遅い時間に食べても身体の負担にならない様にと気遣ってくれている一品だ。
「旨い。やはり紗江の料理は旨いな」
「うん。優しい味。ほっとするわぁ」
「ほんまにな。お母さんには感謝やで」
「うん」
「うむ」
双子とマリコちゃんは顔を綻ばせながらお箸を動かした。
「あずき食堂」のあまり物は明日のお昼ごはんになる。その時間はまだ家にいる双子もだが、母にも食べてもらえる。そして父のお弁当のおかずにもなるのだ。
母に夜食は店のあまり物を食べるから用意は大丈夫だと言ったことがある。だが母は「あらぁ」と笑い飛ばした。
「どうせ晩ごはんは作るんやから、ちょっと多めに作るだけや。それよりも余ったのんを持って帰って来てくれる方が助かるわ。お父さんのお弁当にも入れられるし、お昼が助かるもん」
そう言ってくれて、母は毎日のお昼ごはんのために楽しそうに米を炊いてくれる。父も母も双子が作ったものが食べられるのが嬉しい様で、いつも「今日も美味しかったで」と言ってくれる。それは双子にとってとても嬉しいことだった。
まだ両親の世話になっている身分である。それでもこれが小さな親孝行になっていれば幸いだと双子は思うのだ。
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